1—2


 □ □ □



「これで三件目か……」

「あぁ、一件目と二件目と同じだな……」


 脱走した蛇にかけられた懸賞金が話題となっている一方で、絞殺死体が相次いで発見されていることは、まだ公表されていなかった。

 早朝、犬の散歩をしていた第一発見者が見つけた死体の首にも、前の二件と同じように絞められたような痕が残っている。

 現場を訪れたあずま刑事と北山きたやま刑事は、人を何人か殺しているんじゃないかと思うような鋭い眼光で、河原に横たわる男の死体をまじまじと見つめていた。


 鑑識結果はまだ出ていないが、現場が同じ管内であることや被害者たちの共通点からも同一犯の可能性が高い。

 これは連続殺人。

 犯行は深夜から早朝の間に行われ、被害者は前科のある三十代の男だった。


 一週間前に雑木林の前で発見された斧田おのだは、窃盗の常習犯。

 その二日後に公園の公衆トイレの中で発見された豊海とよみは暴行。

 そして、今回の戸川とがわは詐欺と恐喝で二度捕まっている。


「犯人は、こいつらに恨みがある誰か——……ということになるな」


 東はそう考えたが、北山は納得がいっていないような顔をしている。


「普通に考えたら……そうなるんだろうが……」

「なんだ? 何か引っかかることでも?」

「お前も知ってるだろう? ほら、最近脱走したって話題になってる蛇だよ」

「蛇? あぁ、神社から脱走した蛇だろう? 確か、大きな白い蛇で、子供やペットなんかなら飲み込んじまうような大きさだとか……」

「……その蛇が、犯人じゃないかっていう説もないか?」

「は?」

「鑑識の連中が話してるのをチラッと聞いたんだが……前の二件、どうも首を絞めたのは蛇じゃないかと……——」


 相棒の北山が妙なことを言い出して、東は驚いた。

 確かに、太い紐状の何かで絞められたような痕が残ってはいるが……

 こんな短期間に、三人の前科者を襲うなんて偶然があり得るだろうか?


「————可能性はゼロではないとは思うが……お前、蛇が嫌いだからそんなこと言ってないか?」

「……はは、バレたか」


 北山は元柔道部で屈強な体格の男だが、蛇が大の苦手なのだ。

 以前、蛇を飼っている容疑者の家宅捜査を行なった時、女性みたいな高い声で悲鳴をあげていたのを、東は思い出した。


「確かに、でかい蛇に巻きつかれて、絞め殺されることはあるかも知れないが————……三人も殺されるか? 近所を蛇がうろついてるかも知れないっていうニュースが出てる中で、ありえないだろ」



 東は北山にそう言ったが、午後になる前に鑑識の結果が出てやはり被害者の首を絞めた凶器は、蛇の可能性が高いということが判明する。

 警察はそのことを公表してはいなかったが、どこからか情報が漏れ、逃げ出した蛇の捜索に東と北山をはじめ、多くの刑事たちも駆り出されることになった。




 □ □ □




 夕方、友野はヒロタクたちオカルト研究部に連れられて話題の白蛇神社へ来ていた。

 白い大きな鳥居。

 狛犬ではなく、とぐろを巻いた蛇の石像が鎮座しているこの神社は、あの白い大きな大蛇を見ると金運が上がるというのが有名なパワースポット。

 絵馬にも蛇の絵がデザインされており、お守りや札、御朱印などでも蛇を前面に押し出している。

 そうやって、賽銭やおみくじ、グッズ販売などで儲けた分を整備費用に充てているため、古く歴史のある神社ではあるが境内はとても綺麗で、立派な神社だった。


 友野は今回初めてこの神社を訪れて唖然とする。


「いたか!?」

「そっちを探せ!!」

「こっちにはいないぞ!!」


 平日の夕方だというのに、人がやけに多い。

 それに、みんな参拝ではなく脱走した蛇を捕まえに来ているのだろう。

 今朝すれ違った人たちと同じように、網や長い棒を持った男たちが大勢いるのだ。


「うわ……」


 捜索を開始する前に、参拝した方がいいだろうと拝殿に向かって歩いていると、友野が急に立ち止まった。


「なんだ! 何か見えたか!?」


 ヒロタクと部長が、期待の眼差しを友野に向けるが、友野は首を横に振る。


「なんだよ! 蛇の霊でも見えたのかと思ったじゃないか!」

「ややこしいなぁ……! 気をつけろよ!」


 ヒロタク同様、見える友野を羨んでいる部長。

 この二人に見えることがバレたのは、本当に面倒なのだが……あまり見えたものをそのまま口に出さない方がいいと、この十七年の間で学んで来ている。

 見えたものは、相手が見える存在だとわかると、無理難題を押し付けてくるものなのだ。

 生きている人間を相手にするのも面倒なのに、幽霊や妖怪の類の願いをなぜ自分が聞き入れなければいけないのか……

 今も、何も見えていないとアピールしたが、実は友野には蛇を探して、賞金を得ようとしている人間に憑いている霊に驚いてついつい声をあげてしまったのだ。


 なるべく見えてしまっているものと目を合わせないようにして、ヒロタクと部長の後をついて歩いていると、今度はおみくじが縛られている木の下を、何か黒いものが動いているのを見つける。

 よく見ると、それは地面を這う黒い蛇だ。


「……蛇?」


 そこまで大きくもないし、色も脱走した蛇とは違っている。

 だが、友野はその蛇の後を追いかけた。


 なぜなら、その蛇の頭が、友野には一瞬、人間のように見えたから————



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る