蛇に乗る

第一章 脱走

1—1



 蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことを呼ぶのだろうと思った。


 見ない方がいい。

 見えない方がいい。

 どうせなら、俺も見えない方がよかった。


 人と違うものが見えることの、一体何がいいものか。

 羨ましいとか言うな。

 お前には、何も見えないくせに。

 見えないから、言えるんだ。


 お前にはあるか?

 あんなに大きな蛇に、睨まれたことが……

 子供やペットを飲み込むなんてレベルじゃない。


 大人どころか、そこらへんの建物だって飲み込まれてしまうほど大きな蛇に、睨まれたことが————




 ◇ ◇ ◇




「捕まえたら、賞金百万円だってさ……!」

「うっそ! そんなに!?」

「そりゃそうよ! なんてったって、国宝級の大蛇よ? 白蛇しらへび神社の蛇なんだから!」


 それは、夏休みが始まる前のこと。

 この高校の近所にある白蛇神社という蛇を神として祀っている神社から、蛇が脱走したという話題で、朝から教室中の話題は持ちきりだった。

 その脱走した蛇というのがとても大きな白い蛇で、神社で管理されていたのだが、どうも珍しい品種のようで、深夜に盗みに入った男がいたらしい。

 偶然通りかかった警察官が、盗まれる前に犯人は逮捕したものの、蛇はそのどさくさに紛れてケージから出てしまい、行方をくらましたのである。


「小さい子供とかペットなら、飲み込まれちゃう可能性があるとかで……結構やばいらしいよ」

「そうそう! それに結構な大きさの蛇だから、間違って首なんて絞められたら死んじゃうかもしれないって!」

「何それ、怖っ! 私、蛇とかマジで無理なんだけど……!!」

「でも、百万は欲しくない? ねぇ、近所だし、放課後探しに行かない?」

「えー……いやだよ!」


 白い大きな蛇なんて、そんなものが町中にいたら、普通気がつくようなものだが捜査は難航しているようで、懸賞金に目が眩んだハンターたちが、高校生たちがこんな会話をしている今も、昼夜問わず探し回っているらしい。

 二年生の友野ともの清太せいたは、確かに大きな網や長い棒を持ち歩いている人を登校中に見たな……と思いながら、退屈そうに頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。



「なぁなぁ! 聞いたかよ! 友野!! 蛇の話!!」

「あぁ、賞金百万だろ? 知ってるよ……」


 友野とは対照的に、ヒロタクこと広嶋ひろしま拓也たくやは瞳をキラキラと輝かせながら、背もたれを前にして椅子にまたがり、後ろの席の友野に向かって前のめりになっている。

 ヒロタクがこういう目をしているときは、ろくなことを言い出さないと知っている友野は、できるだけ目を合わせないようにしたかったが、そうはさせてくれなかった。


「蛇を捕まえただけで百万だぞ? すごいと思わないか?」

「それは確かにすごいけど……」

「お前のなら、蛇一匹捕まえるくらいできるんじゃないのか?」

「——……あのなぁ、逃げたのは蛇だろ? お前にも見えるだろうが……」


 友野は、霊媒師の息子である。

 そのせいか、幽霊やら守護霊なんかが見える特殊な力を持っていた。

 オカルト研究部という怪しい部に所属しているヒロタクは、その力を利用して蛇を捕まえようと企んでいる。


「確かに、生きているなら見えるけど……もう何日も見つかってないんだぜ? もしかしたら、とっくにどっかで死んでるかもしれないじゃんか。お前、動物の霊とかも見えるんだろ?」

「……それは、時と場合によるから……——っていうか、そう言う話を普通に教室でするなって何度言ったらわかるんだよ」


 友野の能力を信じているのは、ヒロタクをはじめとするごく一部の生徒だけ。

 そのせいで、女子たちからは、「いつまでも中二病みたいな痛い男」だと思われている友野は、顔やスタイルも悪くはないのだが、彼女ができない。


 一年の時モテようとして入部したサッカー部も、見えるせいでクビになった。

 同じチームメートだと思ってパスを出したら、それは同じビブスを着た————文字通りの部員だったのだ。

 どうも運動しながらだと、生きている人間かそうでないかが一瞬で判断できないようで、誰もいない場所にパスを出している下手くそな迷惑部員のレッテルを貼られてしまっていた。


 その後入った卓球部も、対戦相手がいないのにラリーを続けているのが気持ち悪いと言われ(幽霊と対戦していたが、ランニング後で疲れていて気づいていなかった)、演劇部では誰もいない場所に照明を当ててしまい(幽霊役に照明を当てているつもりが、本当の幽霊だった)、結局今はこのヒロタクに誘われ、オカルト研究部に仕方がなく所属している。


「とにかくだ! 今日の我がオカルト研究部の活動は、蛇探しに決定したから、お前、絶対来いよ!」

「はぁ!?」


 ヒロタクは担任が教室に入って来る直前にそう宣言して、断る隙を与えずにさっと座り直し、黒板の方を向いてしまった。

 やっぱり、ヒロタクが目を輝かせているときは、ろくな話じゃない————


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る