3—4
老人の霊は、助けろと何度も何度も訴えてくる。
確かに、この老人の霊が言う通り、このままでは丘山は死ぬだろう。
しかし、友野が犯人は誰かと問いかけても、そこまではわかっていないようだった。
何が原因で、誰に呪われているのかわからないが、友野には見た目の印象からでは呪い殺そうと思われるほど丘山が恨まれているような人間には見えなかった。
それに、友野の耳には、この老人の霊の言葉があまりに強すぎて、丘山がどんな人間か把握しきれない。
だが、たとえ丘山が悪人であったとしても、呪いで殺されるかもしれない目の前の人間を放っては置けなかった。
老人の霊の話だと、あの箱に描かれている龍が呪いが外に出ないように封じてくれると言っている。
封じ込めた後は、決して蓋を開けてはいけない。
もし、誰かが蓋を開けた場合、その中に入っている呪いの数だけ人が死ぬと……
空っぽの状態であれば、呪いを封じる箱として使えるようだった。
そこで、友野は社長室の床に印をつけた。
呪い返しをするための、陣のようなものだ。
丘山を呪っていそうな人間は、今日友野が会った人間のほとんどがそれに該当してしまっていて、誰が呪っているのかわからない。
人より多くのものを持っている人間は、本人に悪気はなくても羨望の目で見られて、嫉妬や謂れ無い悪意を向けられることがあるのだ。
逆恨みされてしまうこともある。
きっと、そういう誰かに恨まれているに違いない————そう友野は考えていた。
それに、自宅に仕掛けられた監視カメラと盗聴器、さらには、あの妻もなんだかありそうな感じがしていた。
疑わしい人物が多すぎて、友野は犯人を誘き出すためにわざと言ったのだ。
「跳ね返った呪いは、かけた本人に倍の威力で降りかかります。あなたの周りで、誰かが死ぬかもしれませんが、決してその人に同情しないでください————その人が犯人ですから」
▼ ▼ ▼
「————まさか、犯人が六人もいたなんて予想外でした。それに、丘山社長があんな人間だったとは……」
丘山にかけられていた呪いが、呪い返しによってあの箱の中に入れられた途端、あれだけしつこく訴えかけていた老人の霊はいなくなった。
これで丘山は助かったと思ったのだろう。
丘山が副社長や逢坂を蹴って、暴行容疑で逮捕された時、友野は手錠をかけられてパトカーに連行されていく姿を見ている。
その時、ようやくはっきりとわかった。
「あの人、暴君の生まれ変わりです。それも、謀反を起こされて失脚し、自害した……古代の国の——……」
犯人に同情するなとは言ったが、そもそも、丘山には同情するような心がなかったのだ。
目の前で人が倒れていた……それも、自分をこれまで育ててくれたと言ってもいいような、親のような人たち。
救急車を呼ぶわけでもなく、清掃員を呼ぼうとした男だ。
その異常さを、社員たちは知っていた。
だが、言えなかった。
社長だからと、逆らえなかった。
見て見ぬ振りをし続けて来た。
そして、ついに限界が来ていた頃、三代にわたり秘書を務めて来た逢坂が思い出したのだ。
あの金庫の中に、呪いの箱の場所を示した箱があることを。
先々代の社長が、ひどく酔っ払っていた時、逢坂や当時の側近だった社員たちに話した、六爪龍の呪いの箱の話を。
呪い殺してしまおうと……
呪うこと自体は罪にはならないと……
「本当は、あの箱を開けるのは、丘山のはずでした……。あの箱を開けたら死ぬと聞いていたので、番組を通して探させて、箱を開けさせようと————」
事件から十日後、目を覚ました逢坂は全てを警察に話した。
最初はあの箱を開けさせる計画だったのだが、運悪く左足を怪我したせいで開けさせることができなかったこと。
仕方がないので、別の呪いを六人でかけ、自宅に監視カメラと盗聴器からその様子を伺っていたそうだ。
呪いだけではなく、肉体的にも、精神的にも追い詰めようとスマートフォンも盗んで位置情報を把握できるようにし、さらにどんなページを見ているか、どんな会話をしているかもわかるようなアプリも入れて————
逢坂たちは、もう少しで呪いが完成するはずだったのに、邪魔をされて悲しいと涙ながらに訴えた。
そこで、宝の地図のその後の放送をどうするか迷っていた広嶋は、逢坂たち社員たちの訴えとともに六爪龍の箱を元の洞窟に戻したことを結局番組内で放送した。
誰にも見つからない場所に、決して開けてはいけない箱であると……
見聞きしたものを全て、放送できなかった理由、そして、呪いによって命を失ってしまった仲間たちの冥福を祈りながら————
すでに釈放されていた丘山は、番組の放送後社長の座から失脚。
社員たちに対するパワハラに加えて、横領やこれまで傷つけられて来た人たちから訴えられている。
全てを失い、離婚もしたらしい。
世襲制だった丘山酒造は、古くから会社に尽くして来た社員たちの手によって新しく生まれ変わることに……
騒動から数ヶ月後、店を訪れた友野の目にも、働いている従業員たちの守護霊が穏やかになっているように見えた。
それから数年後、その呪いの箱を手に入れようと、勝手に山に入った心霊系の動画配信者や、自称考古学者、冒険家の死体が五体見つかる。
警察はその五人があの箱を入手しようとしていたという共通点を見つけ、現状を確認しに洞窟へ向かった。
しかし、すでにあの箱は盗まれた後で————
その裏には、とある国が絡んでいるとか、いないとか、不確かな噂だけが広まっていく。
呪いの箱の行方を今はもう、誰も知らない————
— 【六爪龍】終 —
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます