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 * * *


 時刻は午後三時、友野が宣言した十二時まで残り九時間————

 友野と渚、広嶋は丘山の自宅マンションから出て、近くのファミリーレストランに来ていた。


「盗聴器ですか!?」

「シーッ! ナギちゃん、誰が聞いてるかわからないんだから、静かに!」


 普段そこまで大きな声を出すことは滅多にない友野が、呪い返しの時刻をわざとらしく大声で宣言していたため、渚は疑問に思って聞いたのだ。


「つまり、あの寝室には盗聴器が仕掛けられていて、丘山社長さんは監視されてたわけですね……?」

「——……寝室だけじゃなくて、リビングにもあると思う。あの家のいたるところに、監視カメラと盗聴器があるよ」

「監視カメラも!?」


 今度は広嶋が驚いて大きな声を上げたが、すぐに友野に睨まれて大人しくなった。


「す、すまん。全然気がつかなかったから……」

「そうですよ、先生、一体どうやってわかったんですか?」

「あぁ、それは簡単だよ。あの家にいる霊が教えてくれたから……」


 友野の目には、部屋にいる幼い子供の霊が見えていた。

 その子供は、あの部屋の前の住人だったようで、楽しそうに笑いながら自分が見つけた監視カメラと盗聴器の位置を指差していたのだ。

 友野は、霊媒師らしく部屋を観察しているふりをしながら、その位置や数を確認していた。


「全部見つけたわけじゃない。でも、呪いをかけた犯人は、丘山社長の行動を把握しているようだし、盗聴していた人物が呪いをかけた犯人で間違いないと思う」


 届いたパスタにミートソースをたっぷりからめながら、友野は渚に訪ねる。


「だから、わざと大声で言ったんだ。人を呪わば穴二つと昔から言われているように、犯人は呪いで人を殺そうとしている。その呪いが返されたら自分が死ぬかもしれない……もし仮にナギちゃんが犯人で、そんなことを聞かされたらどうすると思う?」

「……うーん、そうですね……自分が死ぬかもしれないのなら、呪いを返される前に、自らの手で殺しちゃうかもしれません。私、呪いとか幽霊とか妖怪とかは大好きですけど、死にたくはないです」


 妖怪が好きかどうかは聞いてないよ……と若干呆れながら、友野は広嶋の方にも同じ質問をした。


「先輩は? もし、自分だったらどうします?」

「え? そうだな……俺も自分が死ぬのは嫌だし、呪いが返ってくるなんて聞いたら、呪うのをやめるな」

「呪うのをやめることができない状況だったら?」

「うーん、そうなると呪いを返そうとしてくる霊媒師を止めるしか——……って、そういうことか」


 広嶋も渚も、やっと友野の行動に合点がいく。


「そう。つまり、今夜十二時までの間に、俺か丘山社長に接触してきた人間が犯人ということだよ。容疑者を絞るには、この方法が一番いいと思ってね……」


 もし、仮に呪いをかけた犯人が友野の能力を信じていなかったとしても、返された呪いは確実に降りかかる。

 明日の朝、死体で発見されるのが、呪いをかけていた犯人なのだ。


 しかし、渚は自称助手としては疑問に思った。


「……でも、先生? 先生なら、見ただけで呪いをかけた犯人くらいわかるんじゃないんですか?」

「え、そうなのか、友野!!」

「……いや、それが————」


 友野は、守護霊や背後霊などから相手の性格や、負の感情なども見えたりする。

 呪いをかけるほど人を恨んでいるような人物が周りにいるなら、見ればわかるはずだ。


「————あの社長さん、本人にまったく自覚はないようだけど、恨まれているんだよ。多くの人に……」


 友野の目には、今日会ったほとんどの人が丘山似たような恨みや妬みなどの負の感情を抱いているように見えていた。

 丘山酒造で働く社員たちにも、妻の静香にも、元従業員の石河にもだ……


 友野は、丘山には普通にいつも通り過ごすよう伝えて、仕事に戻ってもらっている。

 あの社長室で仕事をする場合、中には呪い返しの儀式が終わるまでは、絶対に秘書である逢坂や他の社員を入れないことを条件に。


「もしかしたら、俺がまだ会っていない人物かもしれないし……まぁ、とにかく、あと九時間あるから、向こうが動くのを待てばいいよ」


 接触してくるか、それとも呪い返しを信じずに翌朝冷たくなっているか……

 それは、犯人次第だ。




 ◆ ◆ ◆



 呪い返しの儀式?

 霊媒師だかなんだか知らないが、ここまで来て殺せないなんてありえない。

 ここまでくるのに、どれだけ時間と労力を使ったと思っている。


 殺すと決めた。

 殺さなければならない。


 あれは悪魔だ。

 あの男は、汚れた血の悪魔だ。


 これは呪いなどではない。

 正義の行いだ。

 正当な裁きなのだ。

 罪の報いだ。


 犯した罪の重さに気づかず、平気で人の心を踏みにじる……

 あの男こそ、死すべき存在なのだ。


 そうだ……殺してしまおう。

 もういっそう、この手で殺してしまおう。

 これは裁きだ。

 報いなのだから、悪いことは一つもない。


 そうだ、殺してしまおう。


 殺そう。

 殺そう。

 殺そう。


 殺してしまおう。


 そうしよう。



 ◆ ◆ ◆

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