2—3


 * * *



「おかえりなさい、あな……た……」

「ただいま、静香」


 静香は一瞬自分の目を疑った。

 追い返したはずの石河が、丘山と一緒に戻って来たからだ。


「え、えーと、お客様って石河くんだったの?」

「いや、まぁ石河くんは下で偶然会ってなんだけど……お客様はこちらの方達で……————」


 丘山と石河の後ろに、見知らぬ若い女とどこかで見覚えがある男、さらにその後ろにはカメラを持っている男がいる。


「あら、あの時の、プロデューサーさん!? ……どうして、カメラを?」

「いやー奥様、お久しぶりです。ちょっと、これはその事情がありましてね……」

「……はぁ、まぁ、どうぞ、お入りください」


 とにかく静香は五人を中へ入れた。

 丘山は普通に自宅のためそのままいつも通りリビングに向かって歩き、その後ろを石河が通って何をしてるのかとすれ違いざまに視線を送る静香。

 石河はその視線に気づいて、とてもばつが悪そうに静香から視線を逸らした。


「おじゃましまーす!」


 静香からしたら見知らぬ若い女である渚は、ニコニコと微笑みながら会釈して静香の前を通り過ぎ、どこか見覚えのある男の友野も軽く会釈はしたが、どこか視線が合わない。

 その後をカメラを持った広嶋が追う。


 一体何が起きているのかさっぱりわからなかったが、静香はとりあえずキッチンで人数分のお茶の用意をする。

 すると、なにやら物騒な会話が聞こえてきた。


「だから、俺は確かにそういう呪いとか都市伝説には人より詳しいですけど、なんてしてませんよ! 冗談はやめてください! だいたい、俺がメリットがないでしょう?」

「でもねぇ、実際、丘山社長は呪われているわけで、こんな怪我もしてるでしょう? それにIKさん、あんたこのマンションの住人だとか……! それって、怪しいじゃないですか、なぁ友野」

「いや、流石に俺も今の段階で誰が呪いをかけているかまでは……」


 石河がそういう心霊系動画の配信者であることは知っているが、リビングで繰り広げられているこの怪しい会話には流石に動揺する。

 それに、どれだけおかしなことが起こっても、呪われているなんてそんな不確かなことは信じないと言っていた丘山もその話に真剣に加わっているのだから……



「あ、あなた、今の話、一体どういうこと? 呪われてるって……」


 静香がお茶を持ってきて丘山に尋ねると、ここ最近ひどく疲れた顔であまり活気がなかった丘山は、どこか安心したような穏やかな表情で静香の方を向く。


「ああ、静香。どうやら僕は本当に呪われていたようで、この友野先生が呪いから僕を助けてくれるそうなんだ……」

「え……?」

「これでやっとよく眠れるようになる。そうしたら、きっと僕たちの子供もすぐにできるだろう————」



 静香は、一瞬たじろいだが、すぐに作り物の笑顔で「そうね」と答えた。

 それが作り物の笑顔であると、友野に見抜かれていることには気付かずに————



 ◇ ◇ ◇




 友野は、丘山に書斎と寝室を隅々まで見せてもらった。

 クイーンサイズのベッドが二つ並んで置かれていて、シンメトリーに置かれたサイドテーブルにはランプと小さな観葉植物。


「あれ……? これ、左側の方はフェイクグリーンですか? 右側の方は本物なのに……」


 まるでホテルのようなシンプルで綺麗な寝室に、感動していた渚はふとそのことに気がついた。


「あぁ、何故か僕の方だけ枯れてしまって……二つとも同じ時期に買ったんだけどね。枯れたままのものを置いておくのもなんだから、似たようなものを逢坂が買ってきてくれて」

「へー……もしかして、植物が枯れたのもあの呪いの地図を見つけてからとかですか?」

「うーん、どうだったかな? あまり覚えてないけど……」


 風水的には、観葉植物が枯れるのは悪い気を吸い取ったからだと言われている。

 そのことを知っている渚は、ついつい余計なことを口にする。


「その観葉植物がなかったら、もっと早くに呪い殺されていたかもしれませんね……」

「——……えっ!?」

「こらこら、ナギちゃん、人の不安を煽ることは言わないの!」

「あーすみません。ついつい……」


 あざとく舌を出して渚はごまかしたが、丘山は怖くてまた泣き出しそうになっていた。


「それで、先生、この寝室には一体何が?」

「部屋の左側が特に淀んでいる。あと、社長さん————……金縛りにあうのは、いつも決まってこの部屋ですか?」

「いや、そうとは限らない……。出張先のホテルだったり、旅館でも起きていたし……——」

「なるほど……それじゃぁ、呪いをかけた犯人は、社長さんのスケジュールを把握している人間の可能性が高いですね」

「え?」

「この手の呪いは、そういうものなんです。知り合いの誰かにかけられているはずです……心当たりはありませんか?」


 友野にそう聞かれ、丘山は考えた。

 だが、丘山は自分が誰かに呪われたり、恨まれたりしているという自覚がまたくない。


 自分が選んだ最高の結婚もしたし、仕事も病気で先代が倒れてから新社長として色々やってきたが今の所順調だ。

 あの地図が見つかる前までは、体調だって別に悪くなかった。

 社員との関係だって、ほとんど自分が小さい頃から……人によっては生まれる前からの付き合いだ。

 そうなると、ライバル社の人間か……取引先で何かしただろうか?

 回らない頭でなんとか色々考えを巡らせてみるが、やはり、それらしき人物は思い当たらなかった。


「……わからないみたいですね。それじゃぁ、仕方がない————」


 友野は、なぜか今までで一番大きな声ではっきりと告げる。


「呪い返しの儀式を、今夜十二時に行います。跳ね返った呪いは、かけた本人に倍の威力で降りかかります。あなたの周りで、誰かが死ぬかもしれませんが、決してその人に同情しないでください————その人が犯人ですから」







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