2—2


 ◇ ◇ ◇



 夫からの連絡を受けて、静香は大きな息を吐いた。


「悪いけど、今から人を連れて帰ってくるそうなの……」

「えぇ……なんだよ、急すぎないか?」

「仕方ないでしょ? ほら、さっさと服着て出て行って」

「へいへい……」


 ソファーの上で、上半身裸のまま寝転んでいた男は、静香にそう言われて仕方がなく立ち上がると、床に脱ぎ捨てたワイシャツを手に取る。

 この男は、石河いしかわ雅弘まさひろ

 同じマンションの住人で、静香の浮気相手の一人である。

 今は動画配信者として生計を立てているが、以前は丘山酒造の店舗で働いていた。


「社長夫人ってのも大変だなぁ……まぁ、あの坊ちゃんに女を思いやるような思考があれば、俺と昼間っからやってることにも気づくよなぁ……」


 静香も元々は丘山酒造で働いていたが、丘山に見初められて、今に至る。

 まさか自分の妻が昼間から、元従業員と自宅マンションで——……なんて、丘山は想像もしていないだろう。


「そうね……早く死んでくれればいいのに……」


 そして、静香がこんな風に思っていることも……


「その前に、ガキだろ? でも、どうするんだ? 俺との子供だったら」

「その方が嬉しいけどね。あいつの子供なんて、愛せるかわからないし……どっちでもいいから、早く作らなきゃ」


 静香は丘山を愛してはいない。

 だが、丘山のもつ財産は愛している。

 早く子供を作り、丘山酒造の跡取りにする計画を立てていた。

 たとえ生まれてくる子供が、石河の子供でも構わないと思っている。

 どちらにせよ、丘山の子供として育て、程よいタイミングで病死に見せかけて丘山を殺すつもりだ。


「——……じゃぁ、俺は帰るわ」

「ええ、また明日ね」


 石河が出て行き、静香はすぐに乱れた服と髪を整え、メイクを直した。

 真っ赤な口紅を綺麗にシートで拭き取り、色の薄い上品なベージュに塗り替える。

 石河が飲んだコーヒーのカップは洗い桶の中に入れ、消臭スプレーを空気中に振りまいた。

 リビングがシトラスの香りで満たされる。


「よし……」


 これから現れる客人に、理想の妻を演じて見せようと、鏡の前で笑顔を作ったところで、インターフォンが鳴った。



 * * *



 静香に追い出された石河は、一度自分の部屋に戻った後、コンビニに行こうとエレベーターで下へ降りていた。

 丘山がこの時間に急に帰ってさえ来なければ、静香と遅い昼食を食べる予定だったのだ。

 主に動画の撮影は夜に行なっているため、遅く起きる石河。

 今日はまだ何も食べていない。

 ついでに撮影で使うものも買いに行こうとぼんやり考えていると、一階でエレベーターが止まり、ドアが開いた。


「あ……」

「あぁ、石河くんじゃないか」

「ど、どーも……」


 運悪く、石河は丘山と遭遇してしまった。

 丘山からしたら元従業員というだけだが、石河は妻と不倫している間男である。

 流石に気まずくて、軽く会釈だけして立ち去ろうとした。


 だが、そんなことを全く知らない、丘山の隣にいた渚が大きな声で————


「え!? IKアイケーさん!?」


 ————石河の活動名を言ったのだ。


「え、何? ナギちゃん、この人知ってる人?」

「先生、知らないんですか!? IKさんですよ!! あの、心霊系動画で有名な!!」


 石河雅弘————彼は渚がいう通り、その界隈では有名な男だ。

 他の仲間数人で、心霊スポットを訪れたり、事故物件の撮影や怪談話をしたり、オカルトや都市伝説系の解説なんかも……


「へぇ、石河くんそんなに有名なんだね。僕も見てみようかな……?」

「ははは、ありがとうございます。まさか、こんな綺麗なが俺の動画見てくれてるなんて意外だなぁ……」


 そう、それらは渚のようなあざとい系女子が好んで見るような動画とは到底思えない内容のものが多い。

 石河も驚いたが、こんなに瞳をキラキラと輝かされて見つめられて、嫌な気分はしなかった。


「意外なんかじゃないですよ!! ほら、この間あげてた都市伝説……呪いの椅子の話とか、最高でした!!」


 石河がどんな動画を上げているか、まったく知らなかった丘山と広嶋、そして友野はという言葉に反応して、一斉に石河を見る。


「ま……まさか、石河くん! 君が僕に呪いを!?」

「ちょ……ちょっと待ってください! 社長、一体何の話ですか!?」


 まさかの容疑をかけられて、石河はそのまま丘山の部屋へ連れていかれることになった————







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