第二章 腹心

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「社長さんの方が危ないのはわかったんですけど、箱の方はどうするんですか? このまま放置して大丈夫なんですか?」


 友野が丘山の呪いを解く準備を社長室でしていると、渚がそう聞いてきた。

 そして広嶋も自分の依頼を断られて不服そうに、「そうだそうだ」と同調する。


「あのねぇ、先輩の依頼は、箱の呪いを解くことでしょ? 自分も殺されるかもしれないから——……」


 友野は、白い床に赤いマジックで印をつけながら問いに答えた。

 丘山と逢坂には社長室から一旦出てもらっている。

 はたから見たら、新築の社長室の床に落書きをしているようにしか見えないからだ。


「そうですけど?」

「どんな呪い……というか、何が起きてるのか判断するためにここまできたけど……——やっぱり先輩は呪われてないから呪いで死ぬことはないよ。この箱のせいで確実に死ぬのは、開けてしまったその瞬間に近くにいた人だけだ」

「……確実に、死ぬ?」


 そうなると、当時現場にいた他のスタッフも全員死ぬことになるのかと、広嶋はゾッとする。

 反対に渚は、目をキラキラと輝かせながら、話の続きをせがんだ。


「え、それじゃぁ、まだ他にも誰か死んじゃうってことですか!? どうしてですか!? 何が起きてるんですか!?」

「いや、全員とは限らない……この箱に描かれている龍の絵の手を見てごらん」


 ちゃんと説明しないと、しつこく聞いてくると思った友野は、一旦手を止めて、箱の龍を見るように指差した。


「……手?」


 渚と広嶋は、友野が言う通り龍の手を見た。

 箱をぐるりと一周するように描かれているその金色の龍の手に、特に違和感はなく、渚は首をかしげる。


あるでしょ?」

「あ、本当だ……!」


 そう、この箱に描かれている龍の爪の数は六つ。

 友野はそれを見た時点で、この箱の呪いを共のでは解くことができないと判断したのだ。


「昔の中国では、龍の爪の数に意味があったって話、聞いたことあるかな?」


 中国や台湾などで使われている絵や装飾品の龍は実は指の数が違う。

 五本の龍は皇帝、四本の龍は貴族、三本の龍は庶民……と、身分を示すものであり、もし五本指の龍が描かれているものがあれば、それは皇帝のもので、歴史的にも価値のあるものだろう。


「貴族が五本指の龍を使うと、謀反だという話だ。つまり、指の本数が多いほど上の身分————強い力を持っているということ……」


 この箱に描かれている龍は、六本の指で六つの爪である。

 友野は最初、この箱が皇帝のものかと思ったが、一つ多かった。

 皇帝よりも力の強いものの所有物だ。

 それは皇帝よりも強い力を持つもの……もしくは、人ではない可能性だってある。

 そんな強い力が宿っていたものを、どうこうするなんて元・霊媒師の息子ごときが解けるはずがない。


「おそらく、この箱を開けた時にのせいで、その亡くなった六人は気が狂ってしまったんだろうね。もしかしたら、他にも死んでしまう人はいるかもしれない……」

「そんな……!!」


 広嶋は、あの時現場にいたスタッフがまた死んでしまう可能性があることにショックを受ける。

 友野に頼んだのだから、箱の呪いさえ解ければ全員が助かると思っていたのに……

 そんな広嶋の考えを察して、友野は申し訳なさそうに目を伏せる。


「その全員を助けることなんてできないと思います。そもそも、もう既に終わっているかもしれない……————それより、今はこっちの方が急を要します」


 今目の前にいない誰かより、今目の前にいる人を助ける方が先だと、友野は再び床に赤いマジックで印を書いた。



 * * *



「もういいのですか?」

「はい、社長室の方は大丈夫です。ただし、俺がいいというまでは、決して中に入らないでくださいね。あぁ、他の社員さんたちにも、言っておいてください」


 社長室を出て、友野は一階で待っていた丘山にそう告げた。


「あぁ、わかった。それじゃぁ、逢坂、みんなにそう伝えておいてくれ」

「はい。承知しました」


 秘書の逢坂を通して、社長室はしばらくの間立ち入り禁止だというお達しが出る。


「それで、あとはどうしたら?」

「次は、ご自宅の方を見せていただきたいのですが……今から伺っても大丈夫ですか?」


 丘山の自宅は、旧社屋を取り壊した跡地に現在建設中で、今は近くのマンションで生活している。

 マンションに引っ越しても、相変わらず金縛りには度々あっていた。


「自宅か、妻に聞いてみよう。逢坂……————」

「はい、どうぞ」


 丘山が手を出すと、逢坂が自分のジャケットのポケットから黒いスマートフォンを取り出して手渡す。

 丘山は妻に電話をかけるためにパスワードを打ち込んだ。

 右手を骨折しているため、左手でぎこちなく操作して……


「逢坂さんのスマホからかけるんですか? 自分のじゃなくて?」


 渚が疑問に思ってそう聞くと、丘山は軽く左右に首を降った。


「いやいや、これは僕のでね……ほら、この半年で何度も財布やスマホを失くしたから、自分で持っているのは怖くて……仕事中は逢坂に持ってもらってるんだ」

「ええ、私はこの通り……」


 逢坂は反対側のポケットから自分の白いガラケーを取り出して、渚に見せる。


「年のせいか、こっちの方が使い慣れているもので……——その、スマホっていうのにどうも抵抗がありましてね」

「あぁ、なるほど! 確かに、うちのおばあちゃんも前に同じことを言ってました。でも、使ってみると、スマホの方が楽だって言ってましたよ?」

「あら、そうなんですか? それじゃぁ、今度新しくするときは、挑戦してみますかねぇ」


 渚と逢坂がそんな話をしている間に、丘山は妻である静香の了承えて、友野たちはこれから丘山のマンションに行くことになった。




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