1—5


 金庫が開けられた夜、丘山は上機嫌だった。

 宴会とまではいかないが、宝の地図が見つかったということで丘山酒造が経営している居酒屋で食事をして帰宅。


「まぁまぁ……こんなに酔っ払って——……」

「おおーただいまーぁ!」


 いつもより少し多く酒を飲んでしまったようで、フラフラとした足取りの丘山は玄関で出迎えた妻・静香しずかに支えられ、スーツのままベッドに倒れこむ。


「もう、せめて着替えてから寝てよね……スーツがしわになっちゃうわ」

「へへ……すまんすまん」


 静香に手伝ってもらい、丘山はパジャマに着替え横になり、朝起きたら、シャワーを浴びて歯を磨いて……と、考えているうちに夢の中へ。

 だがしばらくして、なにか違和感を感じて目を覚ます。


 まだ夜は明けていないが、カーテンレールの隙間から街頭の明かりが漏れていて、完全な闇というわけではない。

 右隣のベッドから、静香の寝息が聞こえる。


 それは別にいつも通りのことだ。

 社長という仕事柄遅くなることや、早くに起きることがあるため寝室にベッドは二つ。

 静香が先に寝ていることの方が多いくらいだ。


 いつもと違うのは、丘山の体が動かないということだった。

 目とわずかに口だけが動く。


「…………っ……」


 声が出ない。

 今目の前で起きているこの状況に、叫びたいのに、喉が言葉を奏でなかった。


「…………ぅ……っ」


 夫婦二人しかいないはずの寝室に、がいる。

 それも、一人や二人ではない。

 丘山のベッドの周りを取り囲むように、見知らぬが立っている。

 そして、何も言わずに、じっと丘山を見下ろしているのだ。


「…………ぁ…………ぁ……」


 青白い影のような、もやのような……

 目の奥は窪んで暗く、頬もこけている男や女、老人や子供たちがじっと、ただただこちらを見ている。

 あまりの恐怖に、必死に目を動かして右隣で寝息を立てている静香に「助けて」と何度も訴えた。

 だが、それは心の中だけで、口からは声が出ない。


 どうしたらいいのかわからずにいると、窓の外から救急車のサイレンが聞こえ始めた。

 近隣の住民が呼んだのだろう。

 その音で静香が寝返りを打つ————


「——……けて!」


 その瞬間、声が出て体が動いた。


「……あ……え?」


 とにかくベッドから出て逃げようと必死に上体を起こすと、すでにその見知らぬはいなくなっている。

 丘山は恐怖で乱れた呼吸を整えながら、冷静になってみるとこれが金縛りというやつかと思った。

 初めての出来事に心底驚いたのだが、きっと酒を飲みすぎたせいで変な夢をみたのだと納得する。

 しかし、その後もう一度、寝ようとしてもあの見知らぬ誰かたちの視線を思い出してしまい、なかなか寝付くことはできなかった。



 それから、金縛りは度々起こるようになり、宝探しの五日前には寝不足による体調不良のせいか丘山は階段から足を踏み外し、骨折したのである。


 その後も体調不良のせいか、この半年の間でうっかり財布を三回も落としたり、スマートフォンも二回失くしたりもした。

 さらに、あやうく車に轢かれそうになったり、朝、家の玄関の前に烏の死体が落ちていたり、飼っていた熱帯魚が突然死んでいたり……と、いろいろとおかしなことが相次ぐ。

 つい最近も、足の骨折は完治したものの、道を歩いていたら突然上から鉢植えが落ちてきてとっさに出た右腕に直撃。

 また骨折して、病院に世話になった。


「あなた……どう考えてもおかしいわ……。呪われてるんじゃないの? ほら、あの箱を見つけた時にいたあの芸人さんも亡くなったそうだし……たしか、専門家の方も——……」

「そんな、まさか……」


 静香にそう言われ、社員にも顔色が悪いと心配しているようだったが、呪いなんて信じてはいない。

 きっと、疲れているだけなのだと……

 金縛りについて調べてみると、多くは精神的ストレスや疲労からくるものだと書かれていた。

 社長になってまだ一年も経っていないのだから、そのプレッシャーでこうなっているのだろうと……

 そう自分に言い聞かせてきたのだ。

 呪われているなんて、認めたくない。


 だが、広嶋が連れてきた霊媒師だという若い男の行動には、さすがに認めざるをえなかった。

 どこにあの箱があるかも言っていないのに見事に当て、その上、全てを見透かしたかのような目で、こちらを見るのだから。


「————……あなたの方は呪われています。どうします?」


 きっと、彼には全て見えているのだろう。

 彼は本物である。

 この地獄から、自分を助けてくれる救世主に違いない……そんな気がしたのだ————


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