3—4
「なんだったの……今のは——……」
「ん? なんだ? どうかした?」
同じ道場へ通っている友達二人と一緒に歩きながら、結愛はそう呟いた。
あのいかにも優しそうな風貌の教師からは想像できないような表情を見てしまったせいで、結愛は困惑している。
「ねぇ、
「大神先生? いや、俺はよくわかんないけど……一年生の担任じゃなかったか?」
玄関にいた結愛を呼びにきた翔は、結愛と違って、妹も弟もいないため、大神との接点はない。
特に大神について知っていることはなかった。
「え、なに? 大神先生なら俺知ってるけど?」
だが、もう一人の道場友達である男子が答える。
結愛を呼びに来た翔とは違い、結愛と大神が一緒にいたところを見ていない彼は、結愛とは違うクラスの生き物係だった。
「大神先生って、どんな先生?」
「どんな先生って言われてもなぁ……委員会があるときしか話したことないけど————……」
この小学校では、月に一度定期的に委員会があり、クラスのそれぞれの係の代表が委員としてその会に出席することになっている。
生き物係である彼も、生き物委員としてその委員会に出席していた。
「俺あの先生あんまり好きじゃないんだよな。なんていうか……優しそうな感じはするんだけど……うちの母ちゃんより美人だし————なんか、女子と男子に対する態度が違う気がするんだよな」
「態度が違う? どんな風に?」
「うまく言えないんだけど、差別されてる感じがするんだ。女子にはすごく距離が近くて……————女子はすごく褒めるけど、男子は全然褒めてくれないんだよな。同じようにうさぎ小屋の掃除をしても」
うまく表現できなくて悪い……と、謝られたが、そんな風に感じている男子は多いらしい。
「あと、梓も……大神とは結構仲よさそうだったけど————」
「え、アズちゃんも?」
梓の名前が出て、結愛はピタリと歩みを止める。
確かに梓は生き物係で、よくあのうさぎ小屋に行っていたことは知っている。
先月も、絵を描くのが好きな詩愛に、うさぎ小屋うさぎ達の絵を書いてプレゼントしてくれたことがあった。
「————……あれ?」
梓のことを思いながら、結愛はふと校舎の方を振り返った。
今結愛が歩いている道は、うさぎ小屋がちょうど見える場所だ。
詩愛がうさぎ小屋で大きなうさぎを見たと言っているのはこの辺りからだった。
「なんだよ、今度はどうした?」
翔が結愛に問いかけるが、結愛はなにも言わずに校門の方へ走る。
「おい、結愛? 道場行かないのか!? 置いてくぞ!?」
うさぎ小屋の前にいる友野と渚を見たのだ。
今日、二人が学校に来ることを聞いていなかった結愛は、ヒトクイウサギについて何か新しいことがわかったのではないかと思った。
□ □ □
「ナギちゃんのいう通り、その大神って先生が大きなウサギだとして、でも、どうして顔……————っていうか体も、着ぐるみを着て隠す必要があったんだろう?」
「それはわかりませんが……でも、あのシールといい、南川刑事からお送ってもらった職員名簿でも、全部一致してるじゃないですか! 十五年前も、八年前も今回も……」
友野が南川に頼んで入手した職員名簿には、確かに大神の名前があった。
それに、美咲の遺体が埋められていた古い方のうさぎ小屋の向かいに、今うさぎが三羽いる新しい小屋ができた時期も重なっている。
新しいうさぎ小屋ができたのは、十四年前。
美咲の失踪より後のことだった。
本来は取り壊して新たに移築するはずだったのだが、人喰い兎の怪談であったように、その工事に関わった人が事故にあったり、怪我をしたりということが相次いだそうだ。
十五年前の職員名簿に載っていて、今も現役である他の教師に当時のことを聞いてみたが、その十四年前の時期のあたりから人喰い兎の噂は一気に校内で広まったという証言もある。
「きっと、最初はここに死体を埋めていたのが見つからないように、噂を流したんだと思います。もしかしたら、その工事に関わった人の怪我も……」
おそらく大神の仕業だろうと、渚は予想した。
なぜ大神がうさぎの着ぐるみ——……それも、口元だけ空いている奇妙なものを着ていたのかは謎だが、そうに違いないと思った。
「犯人の顔が隠れていたから、きっと、あの子達は誰が犯人かわからなかったんだね。大きなウサギ……————か」
友野は改めて、美咲が書いた日記、彩乃が描いた漫画、梓が描いた絵を見返す。
「……全部夜なんだよな。それに、うさぎ小屋の近くで目撃されている。待ってみようか、夜になるまで」
「うん、そうしましょう! それじゃぁ、私、校長先生に話してきますね!」
渚は校長室に向かおうとした。
だが、友野はそれを止める。
「ちょっと待って。念のため、校長先生には言わないほうがいい」
「え? どうしてですか?」
「ナギちゃん、もしかして気づいてない?」
渚は、友野が何を言っているのかわからず、首をかしげる。
「……校長先生も、大神先生と同じで十五年前と八年前もこの学校の職員だよ? 十五年前は美咲ちゃんの担任、八年前は教頭だった」
「え……?」
友野はそのことに気づいていた。
渚は大神が犯人だと思い込んでいた為、当時の教頭が今の校長であるという事実を見逃していたのだ。
「今のところ、怪しいのはこの二人。どちらかが人喰い兎だ————」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます