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「ちょっと待って、ナギちゃん……どうしてそれを早く言わなかったの!?」
「……私だって、確証がなかったんですよ」
実は最初に結愛から詩愛が目撃した大きなうさぎの絵を見せられた時、母校で噂されていた人喰い兎の話を渚は思い出していた。
人喰い兎の階段は、渚の時代ではすっかり定着した怪談話であったからだ。
「最初は、人喰い兎の正体がわかれば面白いかも……くらいの気持ちだったんです。学校の怪談を調べるなんて、面白そうだって————ほら、私って、先生が知っての通りそういうの大好きなんで……たまに不謹慎だと思われるくらい」
「……そういう自覚はあったんだね」
「……でも、あのうさぎ小屋で先生が見た霊の容姿を聞いた時に、すぐに長谷川さんのことが頭をよぎったんです。それまでは、すっかり忘れていたのに————そういえば、私、人喰い兎をこの目で見たかもしれないって……思い出して……」
渚は梓のスケッチブックをパラパラとめくり、大きなウサギが描かれているページを開いて置いた。
その隣に、B6サイズの小さなノートも開いて見せる。
「これは、桃原梓ちゃんの書いた『大きなウサギ』の絵です。そして、こっちが、長谷川さんのノートに書かれている『大きなウサギ』の漫画です」
どちらも、『大きなウサギ』はうさぎ小屋と一緒に描かれている。
画風は違うが、リアリティのある鉛筆画と、イラストになっている漫画の大きなウサギはどちらも口元が開いていて、そこだけが人間の口が見えているようだった。
そこに、詩愛が描いた絵も並べて見るとそれも同じものを描いているように見えた。
それに加えて、友野は美咲の日記も読んだばかり……
「一致しているのはこれだけじゃないんです。シールも……」
「シール?」
「うさぎのシールです」
渚はスケッチブックの表紙に貼られているものと、B6ノートの表紙に貼られているシールが同じであると友野に見せる。
それは、友野が見た美咲の日記に貼られていたものと同じだった。
「このシール、美咲ちゃんの日記にも貼ってあったよ。まさか、こんなにも共通していることがあるなんて————このシールについても、知っていることがあるの?」
「はい、これは、お気に入りのシールです」
「お気に入りのシール?」
「私の担任だった先生のお気に入りの女子にだけ渡されているシールです」
夜の学校で死んだ三人の少女の霊。
渚の証言により、彼女たちの共通点はうさぎ小屋だけではなく、とある教師と関わりのある生徒であることが判明した。
「大神先生のお気にりの女子が被害にあっているんですよ、この事件————!!」
渚の卒業アルバムに写っている一際美しい女性教師・大神
それも、十五年前と同じく生き物係を担当していた。
□ □ □
「白石さん……」
放課後、玄関で靴を履き替えていた結愛は、不意に声をかけられて振り向いた。
そこにいたのは、ひざ下丈のグレーのフレアスカートに白いブラウス、ピンクのカーディガンを羽織った優しい雰囲気の先生。
顔を見て、結愛はそれが詩愛の担任の大神だとわかった。
確か、何年か前までこの学校にいたのだが、別の学校へ移動した後、また戻ってきたらしいと母親から聞いた話を思い出す。
経験の多い先生だからこそ、耳が不自由な詩愛を安心して任せられると……
「なんですか?」
「突然ごめんなさいね。あなたの妹の詩愛さんがしばらく風邪でお休みすると聞いていたけど、どんな具合だったのかと思ってね……」
「風邪で……?」
結愛は今朝のことを思い出した。
いつものように、詩愛と一緒に学校に行こうとしていたのだが、母親が止めたのだ。
しばらく詩愛を休ませると言って。
だが、風邪であるとは聞いていなかった。
時間がなくて、詳しい理由は聞けていなかったが、結愛の目には詩愛が体調が悪いようには見えなかった。
「うーん、わからないです。すごく具合が悪いようには見えなかったけど……どうしてですか?」
「どうしてって、心配だからよ。詩愛ちゃ——……詩愛さんがお休みするのは今回が初めてだから」
「ふーん……」
妹のことを気にかけてもらえて、悪い気はしない。
ただ、何か……————なんとなく子供ながらに嫌な感じがして、結愛は一歩後ろへ下がった。
何がおかしいのかと思ったが、距離が近いのだ。
それが心地悪かった。
いくら妹が世話になっている先生だとはいえ、妙に馴れなれしいような————そんな気がした。
「……それにしても、やっぱり姉妹ね。よく似ているわ」
「え?」
「詩愛ちゃんも五年経ったら、お姉さんのようになるのかしら?」
「……そうですね、私の妹だし」
「…………」
「…………」
妙な間が生まれて、結愛が戸惑っていると先に靴を履き終えて外に出ていた男子が戻ってきて、話しかけられる。
同じ近所の空手道場に通っている友達の一人だ。
「おーい、結愛! 何してんだよ! 一緒に道場行くんだろ?」
「う、うん……今行く! えと、それじゃぁ先生、さようなら」
「ええ、さようなら……」
結愛は礼儀正しく頭をさげて、校舎を出る。
去り際にちらりと大神の方を見ると、最初はニコニコと微笑みながら手を振っていたのだが、結愛にはもう見えていないと思ったのだろう……
最後の方は手は振っていたが、あの優しそうな笑顔からは想像できないほど、まるで虫けらでも見たかのように顔をしかめていたのを、結愛は見逃さなかった。
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