2—5


 渚が梓の家を訪ねたのは、ちょうど友野が美咲の部屋を見に行っている時だった。

 いつもなら、友野の後にくっついて行くところなのだが、梓の家に行く約束をした日と重なってしまい、渚は結愛たちの母親と一緒に来たのである。

 どうしても、確かめたいことがあったのだ。


 小さな薄いピンク色の骨箱とまだ幼い少女の遺影に線香を上げて手を合わせた後、渚は梓の部屋に入った。

 淡い紫の丸い柔らかいラグの上には薄く、梓の小さな足跡が残っている。

 部屋は梓がいなくなった日のそのままの状態で、少女の部屋らしく飾り棚の上にはぬいぐるみがたくさん置かれている。

 そして、ひときわ目を引くのは壁に貼られた多くの絵だ。


「この絵、梓ちゃんが描いたものですか?」

「ええ、あの子は絵を描くのが好きでね……特に動物の絵を描くのが好きだったようで……」


 梓は絵がとても上手だった。

 小学生とは思えないくらい、繊細なタッチで描かれた絵が飾られている。

 梓の母親は、飾られている絵を一枚一枚渚に説明してくれていた。

 この絵はどれも、コンテストやコンクールで賞を取ったものなのだとか……


「普段からよくスケッチブックか何かを、持ち歩いていたりしていませんか? 結愛ちゃんのお家に飾ってあった写真にも写っていたんですが————」


 結愛の家に飾ってあった写真は、二ヶ月ほど前に撮られたものだ。

 梓の手は表紙にシールがたくさん貼られたスケッチブックを持っていた。


「スケッチブック? それなら、きっと机の引き出しに……」


 梓の母親が一番大きな引き出しを開けると、最近使っていたスケッチブックが三冊出てきた。


「新しいものはここに入れるようにしていて、それより前のものは向こうの本棚に。ほとんど毎日のように描いていたから、たくさんあるわよ」


 スケッチブックのサイズは全て同じ黒とオレンジ色の表紙のB4サイズ。

 いつからかいつまで使っているものかわかるように、文字が書けるシールに記してあるところだけは全部同じで、あとはランダムに好きなシールが貼られている。

 写真が撮られた当時の日付のものを梓の母親は見つけようとしたが、それよりもはるかに先に渚は一冊手に取った。


「これですね……」

「あら、どうしてわかったの?」


 母親でもすぐに判断できないほどのわずかな違いを、赤の他人である渚がすぐに見つけて驚いていると、渚はパラパラとそのスケッチブックをめくって中身を確かめながら答える。


「表紙のうさぎのシールです。前に、同じものを見たことがあったので……————」


 うさぎのシールなんて、残りのスケッチブックにも貼られている。

 そんなに特徴的だったようには思えなかったが、渚の言う通り今渚が手にしているのが正解だった。


 そして、渚はある一枚の絵を見て、手を止める。


「————大きなうさぎ……」


 渚はそのページを開いたまま、スケッチブックを丸いラグの上に落としてしまった。


「え?」

「やっぱり、これのことだったんだ……」


 母親たちはその絵をのぞき込んだ。

 大きなうさぎと言えば、詩愛が描いた絵の中に出てきたものだ。

 あのうさぎ小屋で見たと、詩愛が主張していたが、そんなものがいるわけがないと否定していたもの————


 小学一年生の詩愛がクレヨンで描いたものとはまるで違う、鉛筆の濃淡を利用して、リアルに描写されたその絵は、うさぎというより……

 いや、うさぎではあるのだが、動物というより人間だった。


 大きな瞳のうさぎの着ぐるみを着た、二本脚で立つ人間だ。

 うさぎの着ぐるみを着た人間が、うさぎ小屋の前に立っている絵だった。

 これが人間である証拠に、口元だけがくりぬかれていて、人間の口の形をしている。

 それはとても奇妙で、気味が悪い。


「……それじゃぁ、詩愛が見たって言っていたのは、このうさぎの着ぐるみの事だったの!?」

「それなら…………これを着ている人が、犯人!?」


 梓の母親は、スケッチブックを拾い上げ、震える手でページをめくる。

 他にもそのうさぎの着ぐるみは描かれていて、そのどれもが他の絵に比べて背景が暗い。

 まるで、夜に描かれているようだった。


「これが犯人で、間違いないと思います。でも、多分……————人間ではないです。少なくとも、普通の人間では————……」


 渚がそう言った瞬間、棚の上に置かれていたぬいぐるみたちが床に落ちる。

 まるで、梓の霊が何かを伝えようとしていた。


 だが、残念なことに今この場にいる大人たちに梓の霊は見えない——————



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