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 8月2日 くもりのち晴れ


 シロマルが元気になってもどってきた。

 病院でたくさん栄養のあるご飯を食べたのかな?

 前に見たときより少し太った気がする。

 大神先生に大きなウサギさんのことを話そうと思ったけど、大きなウサギさんはヨウカイなんだって。

 だから、大人の人に言っても信じてもらえないって。

 だれかに話したら、変な子だって言われていじめられちゃうから、言わない方がいいよって言ってた。

 いじめられるのはイヤだから、大神先生には言えなかった。



 8月8日 雨のち晴れ


 今日もパパはおそくに帰ってくる。

 仕事の付き合いだって言ってた。

 お昼は雨で行けなかったから、夜にまたシロマルの様子を見に行った。

 ママも出ちょうで大阪に行ってるから、丁度いい。

 大阪といえばたこ焼きだねって、前に翼くんが言ってたけど、わたしはたこ焼きよりお好み焼きの方が好き。

 大きなウサギさんはどっちが好き?って聞いたら、お好み焼きだって言ってた。

 たこよりお肉の方が好きなんだって。

 大きなウサギさんとは好きなものが同じみたい。



 8月13日 くもり


 今日はおはか参りに行った。

 そのあと、公園のぼんおどりで浴衣を着て、春花ちゃんたちといっしょにおどった。

 本当はこのあとまた学校に行って、シロマルに会いに行きたかったけど、春花ちゃんが変なこと言うから、行くの忘れちゃった。

 翼くんがわたしのこと好きだなんて信じられない。

 春花ちゃんには中学生のカレシがいるんだってさ。

 だからわかるって言ってた。



 8月26日 晴れ


 明日で夏休みが終わる。

 夜に家をぬけ出して、シロマルと大きなウサギさんに会いに行くのはもうおしまい。

 あまり夜ふかししたら、朝起きれなくなっちゃうから。

 次からは毎週金曜日に会いに行くよって大きなウサギさんと約束した。

 大きなウサギさんとお話しするのは楽しい。

 ウサギさんはわたしのひみつのお友達。

 ひみつだから、だれにも教えてあげないんだ。



 ▲ ▲ ▲



 友野と木下は、日記の中身を一つ一つ順番に確認していた。

 この大きなウサギさんに関する記述の中に、その正体がわかる何かヒントがあるかもしれないと。

 六月から八月までの部分でわかったのは、大きなウサギさんが妖怪であると自ら言っていることと、たこより肉が好きだということくらいだった。

 あとは、喋れる。

 少なくとも、人間の言葉を話せる妖怪————ということになるだろう。


「本当に、妖怪なんているんですか……?」


 木下にそう聞かれ、友野は頷いた。


「この世には、そういう人間や普通の動物とも違う存在というのが確かにいるんです。多くは元は人間だったり動物の霊がそういう形で現れることがあります。あとは存在そのものが一般に認識されている人間や動物の定義から外れているものも、妖怪と呼ばれているものの類です」


 うさぎは草食動物である。

 野うさぎであれば、生き抜くために虫や他の生物の死骸から肉を食べることもあるらしいが、基本的にペットとして飼われるようなうさぎは草食だ。

 この日記に記されている大ウサギは、肉を食べる雑食な上、人の言葉を喋るし、美咲がいじめられないように……と言いつつ、自分の存在が明るみにでないように言葉たくみに少女に近づいている。


「本当に大きなウサギだというのなら、妖怪なのでしょう。霊と同じように、妖怪も大人よりは子供の方が見やすいですし、何より元々あのうさぎ小屋は小学校の怪談になるほどですから……妖怪がいてもおかしくはないと思います」


 友野はそう考えていた。

 そういう妖怪が昔から存在していて、あのうさぎ小屋の怪談が広がっていったのだろうと。

 しかし、木下は首をかしげる。


「怪談? なんのことですか?」

「人喰い兎ですよ。知りませんか? ご遺体が見つかったあのうさぎ小屋にまつわる怪談なんですが————」

「昔からって、いつ頃からですか? 僕はあの学校の卒業生ですが……そんな話は聞いたことがないんですが……」

「……え?」


 木下が小学生だったのは、今から三十五年以上前でオカルトブームの頃だったが、その時にはまだ人喰い兎の怪談は存在していなかった。


「僕には十歳離れた弟がいますが、弟からもそんな話は聞いたことがないですし」


 友野はてっきり、人喰い兎の怪談はもっと昔から存在しているものだと思っていた。

 多くの学校でささやかれている怪談は、ほとんどが昭和の終わり頃から平成の初め頃に生まれたものだからだ。


「じゃぁ……一体いつから?」


 人喰い兎は何がきっかけで、いつから広まったのか————


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