2—3
木下美咲の部屋は、彼女が行方不明になった当時のまま残されていた。
カーテンとベッドカバーはお揃いのうさぎ柄で、学習机の向かい側にある背の低いチェストの上にはうさぎのぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
幼稚園生の頃に親戚の家でうさぎと触れ合って以来、彼女は本当にうさぎが大好きで、学校でも積極的にうさぎの世話をしていた。
彼女はうさぎを飼いたいと思ってはいたが、このマンションはペット禁止な上、当時両親は共働き。
世話をすることができない為、代わりにうさぎのぬいぐるみを買い与えていた。
「そろそろ引っ越そうかという話も出ていた頃だったんです。経済的に余裕も出てきて、美咲が好きなうさぎを飼えるように、いい物件があればと探している時でした————」
友野は木下の話を聞きながら、学習机をじっと見つめる。
机の上に本棚と照明が設置されている昔ながらの学習机だ。
美咲の霊が、何かを訴えるかのようにその机の本棚を指差しているのが友野には見えている。
だが、その場所にある教科書やドリルをパラパラとめくってみても、特におかしなものはない。
「本当にここで間違いないの?」
「え?」
「あぁ、すみません。今、美咲ちゃんに聞いてます。ずっとこの学習机のこの辺りを指差してるんです。でも、特に何もなくて——……」
急に話出した友野に木下は驚いたが、怖いとは思わなかった。
むしろ、この男に娘の霊が見えているというのが本当だと確信するきっかけになる。
「それって、もしかして……————」
木下は、学習机の棚と壁の間を覗き込んだ。
構造上、机は壁にピッタリくっつくのだが、棚の背面と壁の間に二、三センチほどの隙間ができてしまう。
昔、美咲がこの隙間に親戚からもらったお年玉袋を入れて隠していたことを思い出したのだ。
「……これは————日記?」
その隙間から出てきたのは、埃をかぶった黄色のノート。
うさぎのシールが貼られ、表紙には『シロマル日記』と書かれている。
美咲の霊が見つけて欲しかったのは、この日記だった。
▼ ▼ ▼
6月1日 晴れ
新しいうさぎさんがきた。
大神先生が、わたしに名前をつけていいよって言ってくれたから、シロマルって名前をつけた。
他のうさぎさんより、真っ白な白い毛に赤い目で丸くてかわいいから。
前に絵本で見たうさぎさんにソックリだから、本当はそれと同じ名前にしたかったけど、男の子だからこの名前にしたの。
これから少しずつ大きくなっていくのがすごく楽しみ。
▲ ▲ ▲
最初のページには、こう書かれていた。
読み進めていくと、学校で新しいうさぎを飼うことになり、その成長の記録とその日思ったことを書き記しているようだ。
「この、
「四年生の時の担任の先生です。とてもいい先生で、美咲は大きくなったら大神先生みたいな先生になるって、言っていました」
美咲の夢は、教師になることだった。
三、四年生の頃担任だった大神は優しく生徒思いな教師で、それにとても美人だったらしい。
五年生のクラス替えにより担任ではなくなったが、大神は学校全体の生き物係の担当。
美咲のように熱心にうさぎの世話をしにきていた生き物係の児童の面倒をよくみていたようだ。
日記にも、大神の名前は時々出てくる。
他にも、同じ生き物係の
最初の方は特に変わった事が書かれているようには思えなかった。
しかし、さらに読み進めていくと、おかしな記述が出てくる。
▼ ▼ ▼
7月30日 晴れ
お昼にうさぎ小屋に行ったら、シロマルに少し元気がなかった。
大神先生がお医者さんに見てもらうって言ってたけど心配だった。
今日はママもパパもお仕事でおそくなるって言っていたから、夜にもう一度うさぎ小屋を見に行った。
今日は満月だから、夜の学校もコワくない。
それに、大きなウサギさんとお友達になれた。
最初はびっくりしたけど、シロマルも大きなウサギさんとは仲良しなんだって。
▲ ▲ ▲
「————大きなウサギさん?」
木下がそう言った瞬間、美咲の霊がガタガタと震えだした。
チェストの上のウサギのぬいぐるみたちが、まるで大地震の後のように倒れて床に落ちる。
「……この大きなウサギさんが、君を?」
友野が美咲の霊に問いかけると、彼女は深く頷いた——————
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