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 妹の詩愛がこの絵を書いたのは、梓の通夜の時だった。

 結愛にとって、梓は親友であり、実は再従姉妹はとこでもある。

 通夜の夜、寝付けずに線香番をしていた大人たちに混じって起きていた詩愛が描いた。


 詩愛は、梓がいなくなった日の夜、勝手に家を抜け出して梓を探していた結愛を追いかけ、学校近くまで来ていたのだ。

 視力の良い詩愛は、その時、こんな場面を目撃したらしい。

 だが、詩愛がそう訴えているその日の夜は、学校には見回りの警備員一人と、教師が事務作業の為校舎に一人残っていて、誰も梓の姿を見ていないのである。

 その上、こんなに大きなうさぎがいるはずがないと、大人たちは詩愛が想像で書いたものだと信じてはくれなかった。


 それでも、見たんだと必死に手話で訴える詩愛。

 結愛は、詩愛の言っていることは本当だと思った。

 梓は人喰い兎に殺されたんだと。


 どうやって敵討ちをしようか考えていたところ、結愛は近所に住んでいる、よく楽しそうに幽霊や妖怪の話をしてくれる綺麗なお姉さん————渚にこの話をした。


「妖怪を倒すなら、先生の力が必要でしょう? 今の私には見えませんし、詩愛ちゃんは見えてるみたいですけど、あんな大きなものをこんなか弱い女の子と戦わせるわけにはいきませんよ」


 渚は詩愛の頭を撫でながら笑顔でそう言ったが、見える詩愛が羨ましいようで、「いいなぁ……見えて」と、漏らす。

 普通の人間は成長するにつれて、幽霊や妖怪を見ることができなくなる。

 いつまで見えるかは人それぞれだが、友野のように大人になっても見えるのは遺伝だと考えられている。


 話を聞いた感じでは、小学六年生の結愛はもう見えないが一年生の詩愛には見えている。

 であれば、詩愛ももう少し大きくなったら見えなくなるだろう。

 幽霊やオカルト系の話が大好きなのに見ることができない渚は、詩愛の若さを羨んでいるのだ。

 渚だって、一応まだ十代だというのに……


「————ところで、小学校まで行くのはいいけど、中に入れるの? 今日は土曜日だけど……」


 まだ昼間とは言え、土曜日の学校に部外者である友野と渚が入れるのか疑問である。

 クラブ活動をしている児童たちはいる為、教職員はいるだろうが……

 犯罪防止のため、事前に許可を得ていないと、入ることはできない。


「あぁ、大丈夫です。許可なら取ってあります」


 渚はこうなることを見越して、事前に許可を取っていた。


「……ほんと、こういう場合の用意は周到だよね、ナギちゃん」

「助手ですから」


 可愛く首を傾げながらピースしてくる渚。

 普通の男ならコロっといってしまいそうになるだろうが、利用されていることを知っているから、友野はこのあざとかわいい女子大生にときめくことはない。

 友野といれば、心霊現象や怪奇現象を見ることができるため、渚は楽しんでいるのだ。

 むしろ、友野は呆れていた。



 * * *



「ここが、例の————」


 児童たちが入らないように、例のうさぎ小屋の周りには立ち入り禁止のテープが貼られている。

 まだ梓を殺害した犯人が見つかっていないため、現場保全の為だ。


「ええ、桃原梓さんが亡くなっていたのは、このうさぎ小屋の中でね……」


 友野たちを案内してくれたのは、校長だった。

 校長は警察でも探偵でも、誰でも構わないから早く犯人を突き止めて欲しいと思っているようで、積極的に調査に協力してくれるとのこと。


「向かい側にある新しい小屋の掃除をしにきた係の児童が発見したんです————……この小屋はもう使われていない小屋ではありますが、児童の中にはあの話を信じている子が多いのです。うさぎの供養のためだと言って……こちらの方も一緒に掃除する子がいるんですよ」


 梓の遺体が発見された古いうさぎ小屋のすぐ向かい側に、別のうさぎ小屋が建てられている。

 形は全く同じだが、新しいうさぎ小屋の方には三羽のうさぎがもさもさと敷かれた牧草の中に混じっているお気に入りの餌用の牧草を食べている。

 この三羽は当然ながら、普通の可愛らしいうさぎであり、人を襲うような大きなうさぎではない。


「詩愛ちゃん、君が見たのは、このうさぎ小屋で間違いない?」


 友野が詩愛にそう聞くと、結愛が手話で通訳した。

 詩愛は頷き、結愛にここに大きなうさぎがいたのが見えたと手話で返す。


「そうだって言ってます。このうさぎ小屋は向こう側から見えるけど、新しい方は校舎が邪魔で見えないし」


 詩愛が結愛の後をついて来た時に、目撃しているのなら道路側から見える古い方に間違いないと言う結愛。

 結愛は学校の前の歩道は通ったが、よく遊ぶ公園を目指していただけで、学校の敷地内には入っていないのだ。


「中に入って見てもいいですか?」

「ええ、でも……子供達はちょっと——……」


 校長は中の様子を知っているからこそ、結愛と詩愛には見せないで欲しいと友野に耳打ちする。


「————……血の染み込んだ跡が、人の形のまま残っているんです」


 それはさすがに教育上よろしくないだろうと、結愛と詩愛は校長に預けて、友野と渚は古いうさぎ小屋の中へ入った。




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