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 喫茶店で地方誌に掲載される今月の占いコーナーの原稿を書いていたエセ占い師・友野ともの晴太せいたの前に、小さな依頼人が座った。

 自称・助手の日輪ひのわなぎさが、また勝手に依頼を受けてきたのだ。


 今回の依頼人は白石しらいし結愛ゆあ————小学六年生の女の子である。

 そして、結愛の隣では妹の詩愛しあが床につかない足をぶらぶらと揺らしながらオレンジシュースの入ったグラスに口をつけている。

 詩愛は小学一年生で、生まれつき耳が聞こえていない。

 その代わりなのか、視力と見たものを記録する能力に長けているようで、テーブルの上には詩愛が描いた絵が置かれている。

 それは、詩愛が目撃したという場面を描いたものだ。


「うーん……この絵とその話が確かなら、妖怪の類じゃないかとは思うけど……」


 友野は手を止めて、絵を見ながらそう言った。


 背景が紺色に塗られていて、黄色で月らしきものが描かれているから、夜なのだろう。

 フェンスで囲まれた屋外のうさぎ小屋の中に倒れている女の子。

 その女の子に覆いかぶさる大きなうさぎが画用紙の上にクレヨンで描かれているが、こんなに大きなうさぎが小学校のうさぎ小屋にいるはずがない。

 幼い子供の方がより幽霊や妖怪の類を見やすいのだから、この絵が本当なら、詩愛はソレを目撃したのだ。


「じゃぁ、アズちゃんを殺した犯人は、やっぱりなんだ…………」

「ヒトクイウサギ?」


 この姉妹が通っている小学校には、人喰ひとくうさぎという怪談話がある。

 昔、校舎の裏手にあるうさぎ小屋で、まだうさぎが飼われていた頃、一人の少女が亡くなった。

 発見された時、少女の遺体はうさぎに囲まれていたのだが、血が染みついた牧草を食べていて、まるでうさぎが人間を食べているように見えたらしい。


 学校側は、事件後、うさぎ小屋を撤去することを決めたのだが、撤去しようとした業者の人や、関係者が次々に不幸な目に遭い、結局、うさぎ小屋は今も残ったままなのだという。

 そのことを知った誰かが、それは昔殺されたうさぎの怨念だとか、夜中に肝試しをしていた児童がうさぎ小屋の中で動いているものを見たとか……そんな噂を広めたようだ。


 結愛は、詩愛が見たものはその人喰い兎だと確信し、友野に向かって深く頭を下げて大きな声で言った。


「友野先生、私、ヒトクイウサギを退治したいんです!! 手伝ってください!!」


 結愛に続いて、詩愛も真似をして頭を下げる。


「アズちゃんのカタキを、とらせてください!! お願いします!!」


 結愛が友野に依頼したのは、親友である桃原ももはらあずさの敵討ち。


「わかった! わかったから、顔を上げて!」


 普段なら即断るのだが、今回の友野は依頼を断ることができなかった。

 もうすぐ三十路の男が、こんなに必死に子供達からお願いされているのに、断ったら周りから白い目で見られてしまう。

 渚もそれがわかっていて、わざわざ二人を占いの館ではなく最近お気に入りの喫茶店にいる友野の前に連れてきたのである。


「さすが先生! 先生なら絶対そう言ってくれると思ってました!」


 渚はニコニコと微笑みながら、わざとらしくそう言った。


「それで……えーと、あらためて聞くけど、そのアズちゃんって子が行方不明になったのがいつの頃だって?」

「先々週の金曜日です。授業が終わって、みんなでおうちに帰っていたら、アズちゃんが教室に忘れ物したって言って、一人で戻って行って————」


 結愛の話によると、それが彼女にとって最後に見た梓の姿だった。

 金曜日の夜、学校へ戻って行った梓はそれから消息が不明となり、夜になっても翌日になってもそのまた翌日になっても、帰ってくることはなかったのだ。


 梓の両親は、帰ってこない娘を心配し探し回ったが、梓の姿はどこにも見当たらなかった。

 近所に住む親戚や仲の良い友達の家にも、立ち寄りそうなコンビニやスーパーにも、梓の姿は見当たらない。

 もちろん、一番の親友である結愛の家にも親が訪ねて来たが、結愛は何も知らなかった。

 結愛も、心当たりを探して回った。

 何か事件に巻き込まれたのかもしれない、もう梓に会うことはできないかもしれないと、不安になりながら……


 そして、行方不明になってから五日後、梓は変わり果てた姿で発見される。


「あのうさぎ小屋の中で、見つかったんです。血のついた牧草の中で————」




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