3—4
* * *
占いの館に運び込まれた友野が目を覚ましたのは、翌朝のことだった。
「ああ、しんどい……」
「先生、体がなまってるんじゃないですか? もっとたくさん依頼を受けて、体力つけましょうよ!!」
「あのねぇ……そういう問題じゃないんだよ。もう若くないから、無茶したくないんだってば————もう直ぐ三十路だって言ってるでしょ?」
だらしなくテーブルに頬をくっつけながら、まだ本調子ではなくぼやく友野。
いくら霊力があるとはいえ、限界があるのだ。
「三十路がなんですか! 先生のおばあさまだって、まだまだ現役なんですよね?」
「あのね、うちのばあちゃんと一緒にしないでくれよ……あの人は体力も精神も異常なんだから……————それより、あの絵は今どこに?」
渚は窓の下を指差した。
絵は蝶子から借りた紫のテーブルクロスで厳重に包まれている。
「仮の封印って言ってましたけど、完全に消すとか、そういう感じではないんですか?」
「……わかってるだけで少なくとも五人は殺してるんだ。俺一人で手に負えるわけないでしょ。あの住職のところにでも持っていくよ」
「住職? 小宮さんのお墓があるところのですか? でも、あの住職さんの力じゃダメだったって言ってませんでした?」
渚はそのせいで小宮は助からなかったと思っていた。
しかし、友野は否定する。
「あの住職のせいじゃないよ。ここまで強いのは、一人の力じゃ完全に封じることは不可能だし————何人か本当に力のある人に協力してもらうしかない。小宮さんもかなり生気を奪われていたみたいだし、どうしようもないことだったんだよ……」
「ふーん……それじゃぁ、今度こそこの中からでることはできないんですね?」
「うん、誰かが故意に札を剥がしたりしなければ、もう大丈夫」
その日の内に、友野は絵を寺に預けに行った。
念のため、住職が呼んだ別の僧侶たちによって封印される儀式を見守り、絵は寺の倉庫で保管されることに。
こうして、虎一匁事件は終結。
警察も、犯人が幽霊の仕業だなんて認められるわけがなく、東と南川は迷宮入りさせるしかないと言っていた。
流石に、絵の中の花太夫を法で裁けるはずがない。
蝶子の周りで起こっていた不幸な出来事もあれ以来すっかりなくなり、いつも通りの日常に戻る。
後日、小宮吾郎が小宮骨董品店に残された商品は全て売り払い滞納していた家賃とスナック夜蝶が受けた損害もそこから返済したそうだ。
残りの金は全額あの寺に寄付するらしい。
「————それでね、大事な話があって来たのよ」
それから一ヶ月後、蝶子は、タバコを吸いながらまた占いの館に訪れると、椅子にどさっと座った。
「だ、大事な話ですか?」
友野はもしかして、家賃をあげられるのかと思った。
地下が空き店舗となるから……とか、そう言われたらどうしようかと思いながら、顔の前で煙を吐かれてもできるだけ笑顔を崩さないように努める。
「ナギちゃん、もらってもいいかしら?」
「————……はい?」
渚はまだ授業中で、今、この場にはいない。
友野は急な話に戸惑っていたが、蝶子は話を続ける。
「はじめに会った時から思ってたんだけど、あの子、占い師の助手なんかより私の店で働いた方が断然稼げると思うのよ。この間の秋山さんだってね、ナギちゃんはいないのか!って、しつこいのよね。あの人、態度もでかいけど、結構お金持ってるいいお客さんだし……どうかしら?」
「あぁ、それは是非。むしろ、その方が俺としてはありがたいくらいで————」
そもそも、渚は勝手に助手をしているだけで、友野は雇った覚えは一切ない。
面倒な依頼を勝手に受けて来なくなるなら、願ったり叶ったりである。
「ちょっと!! 勝手なこと言わないでくださいよ!!」
「……な、ナギちゃん!?」
いつの間にか渚が入り口に立っていて、友野を睨みつけていた。
「私はここにいますからね! 先生がなんと言おうと、やめませんよ! ママ、申し訳ないですけど、私、生きてる人間に興味ありませんので……!!」
「いやいや、興味持つかもよ? 接客業してる間に、ね?」
「持ちません……!! それより、先生、虎一匁事件って、本当にあれで解決したんですよね?」
渚は大学でとある話を聞いて、授業をサボってここへ来たのである。
「私の友達が、またホテルで女の人を見たって言ってるんですけど————」
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