虎一匁
第一章 かってうれしい
1—1
深夜、男は真っ暗な部屋の中で、電気もつけずに頭から布団を被り震えていた。
————トントン……
『いいですか? 朝が来るまで絶対にお札を剥がしてはいけませんよ?』
親の墓参りに行った時、そこの寺の住職に渡された札を、すべてのドアと窓に貼り付けた。
住職は男の顔を見て言ったのだ。
このままでは死んでしまうと。
————どうして開けてくれないの?
『声をかけられても、絶対に返事をしてはいけません』
毎晩訪ねて来るアレを、もう受け入れてはいけないと……
これ以上、アレに触れては死んでしまうと……
————いるんでしょ? 私よ……私が来たのよ?
『お酒も、今夜だけは控えてください』
日々のストレス発散のための晩酌も、この日は絶対に控えるようにとも言われた。
それがアレを受け入れやすくしてしまっているのだと……
————トントン……ドンドン……
『死にたくないのなら、耐えてください』
どんなに体がアレを求めても、決してドアを開けてはいけないと。
————ねぇ……どうしたの? 私が来たのよ? 聞こえてるんでしょう?
アレの声に、決して耳を傾けてはいけない。
もうこれ以上、奪われてはならない。
死んでしまう。
本当に、このままでは死んでしまう。
————どうして? ねぇ、あんなにたくさん、毎晩一緒にいたじゃない? 入れてくれたじゃない? 一緒にいこうって、言ってくれたじゃない。
アレの声は悲しみに満ちていて、喉の奥から絞り出すような切ない声が男の耳に何度も語りかける。
————開けてよ。入れてよ。ねぇ……お願い。お願いよ……いるんでしょう?
「う、うるさい! ……もう、もうここへは来ないでくれ!」
男は耐えきれず、ぎゅっと目を閉じたまま、ついに声を出してしまった。
「あ……」
その瞬間、部屋中に貼られていたお札がはらりと床に落ちる。
————ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドガチャ
ドアを開けて入って来たアレが、男の上に乗り、顔を近づけ、耳元で囁いた。
「————なんだ。やっぱりいるんじゃない」
もう逃げられない。
どうしたって、アレからは逃げられない————
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