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 △ △ △


 男の変死体が見つかったのは、都内某所のホテルの一室。

 発見したのは、このホテルのフロントマンだ。


 チェックアウトの時間になっても、その部屋の客だけが現れず、内線電話にも応じない。

 まだ眠っているのだろうとフロントマンは部屋の前まで行ったが、インターフォンを鳴らしても、ドアをノックしても、声をかけてもなんの反応もなかった。


 仕方がなく、マスターキーでドアを開けると表現のしようのない異臭が立ち込める。

 とにかく鼻につく嫌な臭いだった。


 ベッドからはみ出た素足が見えたため、フロントマンは吐きそうになるのをこらえながら、眠っている男に近づく。


「あの……お客様?」


 声をかけても、やはりなんの反応もない。

 嫌な予感しかしなかったが、フロントマンはこれも仕事だと自分に言い聞かせて、頭までかけられたシーツをそっとめくった。

 すでに腐敗が進んでいる男の死体は、一点を見つめたまま動かない。


「ヒッ……」


 その枕元には銀一匁いちもんめと書かれた藩札はんさつが置かれていた。




 * * *



「これで四人目ですね……」


 遺体発見現場のホテルの一室で、南川みなみかわ刑事は鼻声でそう言った。

 まだ室内には異臭が残っていて、鼻呼吸をしたら嗚咽が止まらなくなりそうなほどである。


「また銀一匁……か」


 そして、あずま警部補は枕元にある藩札を見つめながらそう呟いた。

 ここ数日、立て続けに似たような変死体が発見されている事件が起きている。


「この被害者が泊まったのは一泊のみで、チェックインしたのが昨夜の十時半で、遺体が発見されたのは今日の十一時半頃です。フロントの防犯カメラにもちゃんと映ってるので、間違いはないんですが……」

「たった半日で、ここまで遺体が腐敗するのは明らかにおかしいな……室温が高いわけでもないし」


 それまでの三件の事件でも、遺体の死亡推定時刻が一致しないのだ。

 発見時の遺体の状況から明らかに死後三日以上経過しているのだが、一日前に被害者は普通に会社に出勤していたり、数時間前まで近所の人が酔っ払って歩いているのを目撃したりしていた。


 現場には決まって、藩札という江戸時代の古いお札が置かれていることから、犯人は同一犯であることは間違い何のだが、科学では説明できない不思議な事件。

 どうやって殺されているのかもよくわからない。

 外傷もなく、毒を盛られた形跡もない。

 病死というわけでもなく、司法解剖しても死因は不明だ。


「で、この男のチェックインの時の様子は?」

「は、はい。担当者によるとかなり泥酔していた様子で…………一人で来たのにずっと誰かに話しかけていたようです」


 防犯カメラにもその様子が残っていて、被害者の男はフラフラとおぼつかない足取りでまるで隣にいる誰かの肩を抱いているかのように左腕をあげている。

 真っ赤な顔でニヤニヤと笑いながらフロントで鍵を受け取ると、エレベーターの方へ歩きながら隣のにいる見えない誰かに話しかけているように見えた。


「見えない……誰か——……か。この他に、共通点はあるか?」


 南川は、東に被害者の所持品の中にあったマッチの箱を見せる。

 それは、他の三件と共通するとあるスナックのロゴが入ったマッチの箱だった。


 「これだけ揃ってるとなると……やはりこの店の関係者なんですかね? 犯人は……」

 「まだ断定できないが————……それとこの住所」

 「はい、占いの館が入っているビルですね」


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