4—3


 田村りかと古島優羽が死亡してから数日後、占いの館に少しおなかが大きくなり始めた三好が訪ねてきた。

 事件解決のお礼として、当初よりも多い金額の報酬を持って。


「こんなにたくさん……受け取れませんよ。ご依頼を受けていた件だってまだ——……」

「お気になさらないでください、友野先生。これはお礼です。あなたがノブくん……向井信明さんの霊とお話してくださったおかげで、私の誤解は完全に解けて、犯人が捕まったのですから。お義母様に先生のことをお話ししたら、それはお礼をすべきだと言われましてね。受け取っていただかないと、私が怒られてしまいます」

「……でも——……」


 優しい表情で微笑む三好。

 友野はそれでも断ろうとしていた。

 だが、渚が割って入る。


「素直に受け取って置きましょうよ先生! いいじゃないですか、もらえるものは、もらえるうちにもらっておかないと!」

「いや、だけど……」

「それにしても、三好さん、なんだか前よりもっと優しそうな顔になりましたね」

「あら、やっぱりそう? みんなにそう言われるのよね……だから子供は女の子じゃないかって」


 三好は本当に幸せそうで、渚の目にはキラキラと輝いて見えた。


「それでね、依頼していたドッペルゲンガーの件なんですけど……」

「あぁ、体調も良さそうですし、そろそろ調査を再開しましょうか? 以前にもお伝えしましたが、さらに詳しく調べるには、三好さんの協力が必要だって、先生が言ってましたしね」


 渚は保留にしていた調査をそろそろ再開したいということなのかと思ってそう言った。

 殺人事件の方は解決したが、ドッペルゲンガーの謎は残ったままだ。

 子供が生まれる前に、解決したいのだろうと……


 だが、三好は首を横に振る。


「いえ、キャンセルさせていただきたいのです」

「え……?」

「ドッペルゲンガーが現れたのは、たった一度だけです。あの日、児童の前で……それ以外は、すべてあの私とそっくりな古島さんだということが判明していますし————まぁ、その古島さんもお亡くなりになられたと、聞きましたけど」


 もともと、ドッペルゲンガーの件で困っていたのは、古島がホストクラブやホテルなど、自分が行くはずのない場所にいるのを目撃されていたのが怖かったからだ。

 小学校の教師である以上、もし児童の保護者に目撃され、誤解されたら厄介なことになると……

 だが、もうその心配はない。


「私、この子を立派に育てるために教職を離れることにしまして……もう何も心配する必要はなくなったんですよ」


 三好は、教師をやめることにしたのだと、お腹を撫でながら言った。


「なので、ドッペルゲンガーの正体なんて、もうどうでもいいんです。でも途中まではお調べいただいたので、それも含めての金額なんですよ」


 最後まで調べたがっていた渚は、とても残念そうな顔をしたが、依頼してきた本人がそういうのだから、仕方のないことだった。


「こちらもお返ししようかと……」


 そして、三好は友野が渡した奴さんをテーブルの上に置く。


「……————本当に、いいんですか?」


 しばらく黙っていた友野がそう聞くと、三好は微笑み、うなづいた。


「ええ、もうお守りは必要ありません。私とこの子に何があっても、あの人と両親が守ってくれますから……これ以上は、結構です」

「……わかりました。」

「では、失礼いたします」


 三好は立ち上がり、友野に軽く頭を下げて出口で待っていた付き人と一緒に占いの館を後にする。

 渚は手を振りながら「元気な赤ちゃんを産んでくださいねー!」っと、声をかけたが、三好はちらりと見ただけで何も言わなかった。


「あーあ、最後まで知りたかったのに……見たかったなぁ……三好さんのドッペルゲンガー」


 残念そうにそう呟き、渚はテーブルの上に置かれたカップを片付け始める。

 友野は椅子に座ったまま、深いため息をつくと、返された奴さんをじっと見つめ、香をたくために置かれているマッチで火をつけた。

 奴さんはボッと燃え上がり、一瞬で灰になって消える。


「これでよかったんだ。ナギちゃん、もう三好さんとは関わらないようにね……」

「え? どうしてですか?」

「どうしても……だよ」


 渚には見えていなかったものが、友野の目にははっきりと見えていた。

 三好につけていた式神は、友野の命令通りに彼女を守っていたが…………


 依頼をしにこの占いの館へ来たときには、全くいなかった背後霊が増えている。

 それも二人。


 一人は、留置所で自殺したとされている田村りか。

 もう一人は、病死したとされている三好と同じ顔の古島優羽。



 ————三好に殺されたと、訴えていた。




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