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 □ □ □


 時は少し遡り、向井の初七日の法要が終わった頃、三好の自宅に向井の両親が訪ねた来た。


「息子の子供を妊娠していると聞いたわ……」


 病室の前で、三好のことを「人殺し」と罵っていた時とは打って変わって、義母はお上品に白いハンカチで涙を拭きながら、謝罪をする。

 あの時は、大事な息子が傷つけられて、とても動揺していたのだと……申し訳なかったと。

 三好に手を上げようとしていた義父もそうだ。

 頭を下げて、必死に言うのだ。


「孫を……我が家の跡取りに————今後の君の生活も、すべて保証する」と。


 向井は一人息子で、代々国会議員である由緒正しい名家の跡取りだったらしい。

 曽祖父は大臣を務めた経験もあるそうで、この義父も、近々出馬するそうだ。

 向井は亡くなってしまったが、向井と同じ環境で孫を育てたいと……


「あの子の子供だもの、一緒に、大切に育てましょう? 育児に最高の環境を用意するわ」

「頼む……どうか、向井家に入って欲しい」


 亜希子は反対していたが、三好は頷いた。

 愛する人が育ってきた家で、我が子を育てることができるなんて————と、涙を浮かべながら……


「ありがとうございます。私、この子を一人で育てるのは……不安だったんです。でも、ノブくん————信明さんが育ったお家で育てることができるなら、いつも信明さんをそばに感じることができて、心強いです」


 こうして、三好は向井の家で暮らすことになった。

 向井の家は、名家なだけあってとても大きくて、広くて、豪華な家で……手厚い歓迎を受け、名医として有名な産婦人科医と看護師もいて、何一つ不自由なく……

 三好はまるでお姫様になったような気分だった。


 そして、どこでその話を聞きつけたのか、三好の前に現れた人物が一人。

 デパートでベビー用品を見ていた時、突然声をかけられる。


「うわ……マジで私そっくりじゃん」


 古島優羽だ。


「あなた……まさか、古島さん?」

「あ、私のこと知ってるの? って、そうよね、警察から聞いてるか」


 同じ顔の二人が、初めて出会った瞬間だった。

 古島は驚きながらも、嬉しそうに三好に近づき、ハグをする。


「ごめんね……知らなかったとはいえ、あんたの大事な人に……私————」

「…………」


 自分と全く同じ顔をした三好に、古島はシンパシーを感じ、初めて会ったとは思えないと、謝りたいのか、喜びたいのかよくわからない感情が渦巻いているようだ。


「一度会ってみたかったんだ。こんなに似てるなんて……」

「……そう……ですね。すごく似てます。実際に見ると……怖いくらい」


 驚いて固まっていた三好も、笑った。

 もし、自分に双子の姉妹がいたら、こんな感じだったのだろうかと思いながら……


「こうして会えたのも、何かの縁————っていうか、偶然がすぎるけど……どこかで話さない?」


 古島の誘いに、三好は乗った。



 * * *



 表通りのカフェで、よく似た二人は向かい合っていた。

 片方がよく喋り、もう片方が相槌を打っている。

 気づいた客は仲のいい双子かなと思いながら、各々、会話を楽しんだり、仕事をしたり。


「まさか私も警察に捕まるようなヤバいことやらされてるなんて、知らなくてさぁ……すっかり騙されちゃったのよ」


 古島がしたことが罪になるかどうかは、裁判の結果によるらしくまだはっきりしていない。

 田村は留置所に入れられているが、古島は逃亡のおそれはないとして、退院と同時に釈放されたそうだ。


「————それでさぁ、結局振り込まれてなかったわけ。前金で半分もらってたんだけど、残りがね……こっちはちゃんと仕事したのにさぁ。警察が来たのがバイト先でね……仕事中に捕まっちゃったから、店長にもバレてクビになっちゃったし……マジで困ってるんだよね」

「そうなんですか……それは大変ですね」

「そうなの。それで、あんたさ、あの向井議員の家にいるんでしょ?」


 古島は三好と同じ顔で楽しそうに笑っていたが、と言った瞬間、それはとても卑しいものに変わる。


「私たち、ここまで同じなのはもう、双子の姉妹みたいなもんでしょ? ——っていうか、分身? みたいな?」


 ノンカフェインの紅茶が入ったのティーカップに口をつけた三好は、ちらりと目を動かして、卑しく笑う自分と同じ顔の古島も見つめる。


「それでね、ほら、ちょっといいからさ……————」


 □ □ □


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