終章 母が見た夢
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「あの子には、妹がいたの」
犯人が逮捕され、一安心した三好が眠りについた後、渚は亜希子に黒牛夢のことを聞いた。
最初は話すことを拒んでいたが、古島優羽が同じ夢を見た可能性があることを告げると、重い口を開いた。
「妹さんですか?」
「ええ、本当はね、双子……だったの。でも、私があの夢を見たせいで……生まれた時にはもう————」
亜希子の話によると、亜希子の実家では昔から黒牛夢は恐れられていて、見た妊婦は必ず流産する。
黒牛夢は母子のどちらかに異常がある予兆であり、もし見たらすぐにでも医者に見てもらうよう言い伝えられて来ていたらしい。
特に、生まれてくるのが女の子の場合に起きやすいとされ、事実かどうかはわからないが、なんでも遥か昔の先祖が山の守り神である黒い牛を殺してしまったことでその祟りだと……
「子供の頃から、黒い牛の夢を見たときは注意するように言われていたの……でも、祟りだなんて……そんなものあるわけがないと…………ただの迷信だと思っていたわ。最初はただ黒い牛がこちらを見ているだけで、とても穏やかな夢だった」
当時、亜希子は夢のことなんてすっかり忘れていた。
黒牛夢の話は、幼い頃、曽祖母から聞いた話だったし、長男を妊娠したときは黒い牛ではなく白い牛の夢を見たそうだ。
「それから、見る回数が増えるにつれてね、迫ってくるの。ただこちらを見ているだけだった黒い牛が、気がついたら近くにいる。どんなに必死に逃げても、黒い牛は私を追いかけて、突進してきて…………その夢を見た後、破水してね————あの子だけが生きていて、もう一人は息をしていなかった」
亜希子は、この話を三好に話したことはなかった。
「本当に悲しいことだったわ。ほとんど同時に、夫も亡くしたから——……余計にね。あの頃のことを思い出すのは、本当に辛くて。この話をするのは、あの子が結婚する時にと……そう思っていたの」
「なるほど……」
渚は話を聞いて思わずにやけてしまいそうになる口元を隠すように、出してもらったコーヒーカップに口をつける。
いくら自分が興味関心のある系統の話だったからって、流石に不謹慎であることぐらい分かっている。
「それにしても、その……古島さんと言ったかしら? その人も黒牛夢を見たなんて——……すごい偶然があるものね。顔も似ているそうだし、もしかして、遠い親戚なのかも知れないわ」
「……確かに。ここまで似ているなら、そうなのかもしれませんね」
亜希子は、もし二人が並んでいる姿を見たら、泣いてしまうかも……なんて言っていた。
それは、もし双子の妹が何事もなく生まれていたら、見れるかも知れなかった光景だ。
* * *
「それじゃぁ、三好さんは双子だったのか——……」
占いの館に戻り、渚から話を聞いた友野は納得した。
「それなら、俺が見たドッペルゲンガーはその亡くなった双子の妹さんだったのかも……」
「えっ!? 先生、ドッペルゲンガー見たんですか!?」
「あぁ、すぐに消えてしまったけど……」
学校で児童たちが見たのも、おそらくそれだと思った。
「子供たちの波長が偶然合ったのかも知れないな……そういう事例ならいくつかあるし……」
「そうなんですか? それにしては、偶然が多い事件でしたね」
「確かに……そうなると、あとわからないのは守護霊がいない理由だけど……」
友野はテーブルの上に残っていた奴さんを作った時に使った白い紙のあまりを見て、考え込んだ。
すると、渚がポンと手を叩いて思いついた説を口にする。
「もしかして、その双子の霊が守護霊だったのかもしれませんね」
そうかも知れない……と、友野も思った。
「でも、それならなおさら謎だな……なんでそばにいないんだ?」
三好は妊娠している。
守護霊なら、そばで見守っているのが普通だ。
母子ともに守ろうとするのが————
「まぁ、とにかく、安定期に入るまではこの話は本人にはしないようにお母様から言われてます。自分に実は妹がいた……なんて、驚くでしょうし、事件が解決してまだ間もないですから」
「そうだな……これからって時に、牛の祟りの話なんて、聞かない方がいいだろう————三好さんには、とりあえず新しい守護霊がつくまではあの奴さんは肌身離さず持っているように言っておいてくれ」
「わかりました!」
子供の父親である向井が、守護霊になって戻ってくると伝えれば、三好も安心するだろうと、友野は思った。
それまでは、あの奴さんが三好もお腹の子供も守ってくれる。
今はまず、何も考えずに安静にして、体調を整えることが大切だろうと……
友野は一度、この件の調査を保留にすることにした。
そして、三好が安定期に入って少し経った頃、事件が起こる。
留置所にいた田村りかが、自ら命を絶ったのだ。
その数日後、古島優羽も病死した。
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