黒牛夢

第一章 ドッペルゲンガー

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 はじめにおかしいと思ったのは、一ヶ月ほど前でした。


三好みよし先生、昨日表通りのカフェにいたよね?」

「え……? 昨日ですか?」


 同僚の田村たむら先生が職員室で私にそう言ったんです。

 でも、私、その日は近所のコンビニで少し買い物をしたくらいで、表通りのカフェになんて行っていないんです。


「行ってないですよ? 表通りなんて……」

「え? そう? 似てる人だったのかな? お友達っぽい人と三人でいたところ見たんだけど……」

「きっと他人の空似ってやつですよ。私、昨日はコンビニにしか行ってないですし。それ以外は今日の授業の準備でずっと家にいましたよ?」

「三好先生がそういうなら、そうか……ごめんねー変なこと聞いて」

「いえいえ」


 その時は、それでこの話は終わるものだと思っていました。

 でも、この次の日も、そのまた次の日も……何度も同じようなことを別の人に聞かれたものだから、なんだか怖くなってきて……


「一昨日、隣町にいたよね?」

「映画館に来てなかった? 大柄の男の人と一緒に」

「昨日のお祭り来てたでしょ?」


 近所に住んでいる親戚や、大学時代の友人にもそう聞かれることがありました。

 でも、そのどれも私には全く身に覚えがないのです。

 さらに、みんなが口を揃えて言うんです。


「別人にしてはそっくりだった」と。


 中には、「よく似た姉妹がいるとか?」と聞かれることもありました。


 姉妹といえば、私には三つ上に兄がいます。

 でも兄は今海外で働いているので日本にいることはあり得ません。

 性別も違うし、顔もあまり似ていません。

 子供の頃は、似ていると言われていたけど……


 最初はそこまで気にしていなかったんですが、世界には自分に似ている人が三人いるって、昔、何かで聞いたことがあったので、だんだん気になって————母に相談してみると、少し考えた後にこう言われました。


「もしかして、いとこのサキちゃんじゃない?」

「サキちゃん? え、でも、サキちゃんってまだ中学生じゃなかった?」

「あぁ、そうだったわね……」


 確かに、サキちゃんは私の小さい頃にすごく似ています。

 でも、中学生のサキちゃんが住んでいるのは別の県で、距離も離れています。


「それに、私がホストクラブに入っていくのを見た人もいるの……おかしいでしょ?」

「はぁホストクラブ? あんたが? なにそれ、ありえない……」


 ホストクラブやホテルに複数人の男性と入って行った姿も目撃されているんです。

 母は、ろくにお酒も飲めない私がそんなところに行くわけがないと笑っていましたが、私は不安でしかたがありませんでした。

 それに他人の空似とはいえ、私には結婚を前提にお付き合いしている方がいますし、その上、小学校の教師です。

 いつか児童や保護者が、その人物を私だと勘違いして保護者からクレームの電話が入るでのではないかと……ヒヤヒヤしていました。


 そして、先週のことです。

 いつも通り授業中、黒板に字を書いている時でした。

 一人の児童が悲鳴をあげ、他の児童たちも騒ぎ出しました。


「先生が、もう一人いる————」と。



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