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 すぐに事情聴取が始まったのだが、龍雲斎は声が出なくなっていたらしい。

 パクパクと口だけが動き、まるで池の中にいる鯉のようだった。

 命は奪われなかったが、あの霊に首を絞められたことにより、詐欺師の商売道具である声を奪われたのである。


 龍雲斎の自宅の車庫にあったあの赤いセダンには、被害者の毛髪や血痕だけではなく、バッグやスマホも発見され、たくさんの証拠品が出て来たし、ドライブレコーダーにもその一部始終が録画されていた。

 これで罪を認めない方が無理な話だ。


 だが、自分がなぜあのほとりの森公園の池に彼女を投げ捨てたのか、思い出せないらしい。

 どうしてこんなことになったのか、そのあたりの記憶が曖昧なのだ。



「それは……おそらく、あの池の……向こう側に呼ばれたんだ」


 友野は眉間にしわを寄せながら言った。


「俺がはじめにあの公園に行った時、言っただろう? 池の近くで、何人もの人や動物が亡くなっているって……」



 ほとりの森公園ができるずっと昔、あの林は墓場だった。

 それも、きちんと葬られたものではない。


 あの林の近くに住んでいた今でいうところの医者が、日々色々な薬や手術の実験をしていた。

 犬や猫、カエルやヘビなどの動物、そして、小さな子供や身寄りのない女性の遺骨が掘り起こせば山ほど出てくるだろう。


 医者が死んだため、その実験という名の殺人は止まったが、そこに埋まっている人たちの魂はそこでずっとさまよっている。

 成仏することもできずに、そこにずっと…………


「龍雲斎は一度、あそこで撮影しているからね……あの数珠のおかげで、見えてはいなかったけど、人を殺してしまったことでパニックを起こして、呼ばれてしまったんだ。あそこは本当に、悪い場所だから————新しい仲間が欲しかったんだよ」



 数日後、身元がはっきりした夏目の遺骨は、あの怪奇現象の目撃者たちによって、しかるべき場所へ埋葬された。

 そしてこの殺人事件の全容は、各メディアで一斉に報道され、あの左目の下に大きな泣きぼくろがある夏目の写真がネット上でも出回った。

 あの日、ほとりの森公園で撮影された、彼女の最後の姿を映した動画も一緒に。

 さらに、近々この事件を題材にした映画が『鼠の滸』というタイトルで制作されるらしい。


 奇しくも、彼女が生前願っていた……誰かの記憶の一部に、彼女はなれたのだ。

 それも、数多くの人の記憶の一部に。

 これから先も、ずっと、永遠に彼女は人々の誰かの記憶の一部になるだろう。




 —【鼠の滸】終 —

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