誘惑の香-2
「それにしても……よく採用されたね? 旧校舎の取材なんて記事」
迎えた放課後、夏休み中の部活動について話し合う部活動会議に出席している陽と、旧校舎が背負う黄昏を待つ間、視聴覚室をバタバタと動き回る椎名とは違い、流華は取材承認書を見ながらまどろんでいた。
「まあなー。提供してくれた透に感謝だな」
大量のVHSが収納された棚を漁りながら椎名は笑った。
「提供? しーなが考えたんじゃないの?」
「おー。HR前に提供してくれたんだよ。企みがあったとは思うけど、デメリットはないから乗ったんだ」
ひっくり返した棚の中からお目当ての古い耳掛け式カメラを見つけた椎名は、それを取材用のバッグに詰め込みつつ、透の企みを想像して肩をすくめた。そこまで親しいわけではないが、透が享楽主義的な思考と態度を持っていることはわかるから、子供みたいな探検気分で接触して来たんだろう、と考察していた。
「どんな感じで取材するの? 写真だけじゃつまらないよ?」
まどろみを止めて立ち上がった流華は、新聞部のバックナンバーが保管されている巨大な棚に近付いた。倒れれば小柄な彼女なんて潰してしまうほど大きい棚の中からクリアファイルを一つ取り出す。その中に収められた丁寧な新聞を覗いていくと、突撃取材が三条新聞の信条らしく、壮大な記事は三面に渡って特集している。学生の手作り新聞とは思えない。
「この中に旧校舎の記事……か」
「場違いとか言うなよー? その辺はちゃんと考えてるんだからさ。歴史は後で図書室だけど、今の生徒は校内をほとんど見たことがないと思ってなー。鍵を借りて校内の雰囲気を撮ろうと思ってる」
「中身かぁ……旧校舎に魅力なんてあるかなぁ」
中身を見たことがない生徒に流華も含まれている。そもそも、生徒にとって旧校舎という存在はほぼ関わらない。有象無象の暇つぶし古典怪談の舞台になることはあっても、関わろうとする生徒はほぼ皆無だろう。その証拠に、流華が旧校舎について知っているのは、増改築、昔は小学校、黄昏時には綺麗、過去に不可解な事件と殺人事件が起きた、それくらいだ。
「しーなも中を見るのは初めて?」
「そうだよ。三月の旧実習棟整理に参加したかったけど、予定があって入れなかった」
そう言って振り返った椎名は、自然に流華を撮った。
「ちょっ……いい加減に!」
まどろんでいたとは思えない俊敏さで飛び込んで来た流華の一撃をヒュルリと躱した椎名は、出来映えを確認して言った。
「椎名流華、独身、和服と割烹着が似合うお豆剣術家ダヨ!」
「なんで最後片言……って、お豆よりは大きいよ!」
「はい、いただきました」
「何を……。その写真も後で始末するからね」
げんなりだと訴える流華に笑いかけながら、椎名はメモリーに保存されている写真をチェックしていく。蟲、鳥、黄昏、生徒たちの日常、景色、これらは使われることもないまま消去されるか、後年の記事で使われるかもわからない余り物たちだ。特筆すべきこともない写真ばかりだと思って流していくが、椎名はその中で気になる一枚を見つけて思わず動きを止めた。
「――どうしたの?」
幼なじみが抗議しているにも関わらず固まってしまった椎名を見、流華は彼女が見つめているカメラに触れた。すると、
「これさ……旧実習棟の写真なんだけど……ここ見てみ?」
差し出されたカメラを受け取り、椎名を固まらせた件の写真を見下ろした。
その写真というのは黄昏を背負った旧実習棟を外から撮ったもので、一見すると何の変哲もないのだが、ベニヤで塞がれていない窓の一つに白い人影のようなものが写っている。見間違いでもなく、気のせいでもなく、それは確実に人影だ。
「これは……心霊写真?」
撮られた日付は二00七年四月二日。つい最近のものだ。
「心霊写真なら使えないなー。知られたら大騒ぎだろうしさ」
「たかだか心霊写真一枚で?」
件の一枚以外の写真も見てみたが、白い人影はどこにも見当たらない。削除されたのか、それとも本当にこの一枚だけなのか、流華にはわからない。
「大騒ぎになると思うけどなー? 透とか飛びつくぜ?」
「だからメモリーに入れたままなのかな? 公表したくないけど、消去するのは忍びないとか?」
事の真相はわからないが、首を傾げている流華を尻目に椎名はカメラを首から下げた。
「この写真が撮れた場所も調べてみるかー。偽物か本物か証明するためにも」
「えっ? それも調べるの?」
「変な噂もあることだし、まとめてこの椎名様が学校の怪談を解明してみせよう!」
低い大空を仰ぎ、天に向かって宣言する椎名。その光景を冷ややかなに見つめる流華。
面倒な課題が増えたなぁ……って、学校の怪談といえば……。
「しーな、氷海にいた時もそんな話があったって言ってたね」
氷海とは、椎名が小学五年生の時に一年間だけ預けられていた場所だ。
「ああ、あそこの小学校は木造校舎だったから、怪談は耳に胼胝が出来るほど聞かされたよ」
一年間だけとはいえ氷海での生活は楽しかった、流華はそれを何度も聞かされていた。特に氷海小学校では、深紅の和服を着た少女を小学生とは思えないほどのタッチで描く男子生徒がいたり、図工室や中庭では子供の幽霊が目撃されたり、夜中にピアノが鳴っていたという古典があったりと面白い出来事が渦巻いていた。それらに関わりたいと願っていた椎名だが、結局は何事も起きないまま一年が過ぎてしまった。
「あっ……図工室で思い出した。しーな、今更だけど、どうして美術部を辞めたの? 昔から油絵得意なのに」
椎名の趣味は油絵だ。好奇心は昔から強かったものの、油絵を出し抜くほどではなかった。間違いなく技術もセンスもあって、中学時代には賞をとったこともあるのに今は新聞部だ。
「あーそれなー、顧問の取り巻きがヤバくて嫌気がさしたんだよ」
「あっ……」
顧問の取り巻き。その言葉で流華は事情を察した。
美術部顧問は日本史の沖田だ。彼はまだ三十代で、モデルのように引き締まった身体と甘いマスクを持つ温厚な教師である。その所為か、一部の女子生徒が取り巻き化してアイドルのような扱いをしている。彼に気に入られようものなら執拗な嫌がらせが待っていると聞いたことがある。
「取り巻きのことは沖センも知らないみたいだしさー。本人に伝えるのも嫌だし、そいつらと殺り合うのも面倒だし……だったら好奇心を満たす方に肩入れしますかってね」
椎名が溜め息をついたその時、陽が戻って来た。
「あっ部長、お帰りなさい。遅かったですね」
「ただいま。色々と話すことがあってね。まぁ……こんな時間になるとは思わなかったけど、詳しくは明日話すから」
陽は大きくストレッチしながら室内を進み、内緒で私物化しているスクリーンをリモコンで呼び出した。同時に動き出したプロジェクターが映すのは、彼女が持ち込んだDVDばかりだ。
「ああ、これを渡しておかないとね。許可はもらったから校舎の取材に行けるけど……流華も一緒に行くの?」
陽が差し出したのは取材申請書だ。椎名は即座にそれを受け取り、自分の名前と流華の名前を記入して陽に返した。
「そういうことになっているみたいです」
「映える校舎におののくぜ〜?」
陽の印が押された申請書のコピーを受け取った椎名は、よいしょ、とバッグを持ち上げた。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。……気をつけてね」
気をつけて……?
それは、自分たちを一瞥した後で発せられた怪訝な言葉だ。聞き逃さなかった流華は聞き返そうとしたが、「流華ー?」と促されてしまい、タイミングを逃してしまった。
「……ん、今行くよ」
メモ帳などの様々な道具をぶち込んだバッグを片手で担いだ椎名は、流華を促しながら廊下に出た。透じゃないが、これから旧校舎の正式な探検が始まると思うとワクワクした。その中に、人が死んでいるという事実は含まれない。
その気持ちを連れて廊下に出た椎名は、廊下の真ん中で少女が仁王立ちしている光景と出会した。先に気付いていた流華は完全に引いており、今にも走り出してしまいそうだったが、幸いにも少女の方は二人にちょっかいを出すことはなかった。そのまま横を抜けて二人は無言のまま昇降口を出た。それと同時に、
「なんだろう、あの人……。不審者だよね?」
流華は校舎を睨んだまま、怒ったような声音で吐き捨てた。それに対して椎名は肩をすくめたが、彼女ほどあの少女に嫌悪感は抱いていなかった。
「コメントしにくいなー……変人ではあるけど不審者じゃないと思うぜ? 堂々と職員室前を通って来たみたいだしさー」
椎名は頭を掻きながら校舎を見上げた。自分も同級生から浮いていると言われるが、あれを見ると自分は平凡な美少女なんだと改めて実感した。
「まぁ……とにかく旧校舎に行こうぜ。あと十分もすれば、気味の悪い思い出で終わるんだからさ」
流華の頭をポンと促した。いつもなら抗議されるのだが、膨れっ面の流華は頷くだけだった。その無反応に肩をすくめた椎名は、彼女の気を紛らわせるため、氷海にいた時のことを思い出せる限り語った。ほとんど前に話したことばかりだが、流華は黙って耳を傾けていた。
そうこうしているうちに、二人は旧校舎本棟の昇降口前に来た。
旧三条学園は三つの棟が中庭を取り囲むように建っている。職員室や保健室がある地上二階建てと地下一階を持つ本棟。各教室がある地上三階建ての教室棟。地上二階建ての自習棟がある。校舎のほとんどの窓とドアはベニヤで塞がれているが、改めて見ると保存状態は良い。潮風が直接飛んで来る場所ではないことと、肝試しの舞台になっていないことが理由なのだろう。
「わぁ……しーなに言われるまで意識しなかったけど、改めて見ると悠久の歴史を感じるね。ノスタルジー的な気配……素敵です」
「おっ? 流華って歴史好きだっけ? 感想に意外な言葉が出たな」
それは、素敵です、のことを示している。流華独自の素直な感想なのだが、長い付き合いである椎名でもその感想を山ほど聞いてきたわけじゃない。かなり厳しい評価を下す彼女が、それを口にした対象が古校舎とは予想外だった。
「好きなことは編み物とお菓子作りと野球観戦。建築のことはわからないけど、古い建造物を見て歴史に浸るのも好きだったみたい」
「……新しい趣味に目覚めたなー。もうすぐ六時だし、流華はそこにいろよ。映える光景を見逃すなよー?」
珍しく目を輝かせている流華を横目にしつつ、椎名は右耳にカメラを装着した。これなら両手を塞ぐことなく動けるし、バッテリーが切れるまで動画を撮り続けられる。新聞部の備品が豊富であることに感謝しながら、椎名は手に持ったカメラでも校舎の撮影を始めた。
鎖と南京錠で固められた昇降口、ベニヤで塞がれた窓、埃だらけの窓、黒い染みが付着した壁、蔦に犯される壁、捨てられたゴミ、伸び放題の雑草に死んだ蜘蛛の巣、件の黄昏時でなければ流華を除いて評価をする物好きはいないだろう。
そんなことを思いながら、パシャ、パシャ、と自分が知る限りの技術を駆使して校舎の外見をメモリーに収めていく。撮影や取材に興味はなかったが、入部してからは意外にも心が弾んでいる自分がいた。この活動は予想以上に好奇心を満たしてくれるため、将来の就職候補にもなるかもしれないとまで思っている。
カメラマンになったような気分を連れて、椎名は本棟、実習棟、教室棟をメモリーに収めていく。今はただのボロ校舎だが、メモリーに収められた写真がいつか貴重なものだと言われる時が来る。その時に撮影者の名前が提供されて、小瀬川椎名という名が轟くのだ。
読めない未来を妄想しつつ、伸び始めた足下の雑草を踏み倒し、渡り廊下から中庭を覗き見た。案の定、視線の先は雑草天国と化しており、封鎖の所為で届かない暗さは旅人を襲う魔物が潜んでいそうな雰囲気を放っている。君子危うきに、の通り、椎名も入るのを躊躇したが、奥にある非常階段とドアを見て覚悟を決めた。
その覚悟が逃げ出さないうちに足を踏み入れた椎名だが、即座に雑草天国は歓待へ動いた。夏というパラダイスでアグレッシブになった蟲たちのパーティ会場には、蚊柱という柱、蜘蛛のウェイター、百足のエスコートというサービスが充実しており、椎名は自分自身がパーティ会場を舞う淑女であると妄想しながらその中を歩んだ。その妄想のおかげか、もてなし好きな蟲たちを身分が違う格下男たちと見なして対処出来た。
そう! わたくしは小瀬川財閥の後継者ですわ! 兵隊蟻たちよ、道を開けなさい!
そのかいもあって、椎名は雑草が刈られた非常階段の側に辿り着いた。
「ふっ……当然の結果ですわ! わたくしを誰だと思――」
そこまで言って椎名は我に返った。自分を奮い立たせるためとはいえ、あまりのイタさと録画していることを忘れていたことに、顔が焼けるような感覚に苛まれた。誰かに見られる前に録画内容を編集すると決意し、手始めに一階の非常口を調べる。
汚いドアノブをガチャガチャいわせたが、一切の反応がない。ベニヤで封鎖されていなかったため、開くことを期待していたが、人生は甘くない。かぶりをふって蜘蛛の巣だらけの非常階段を上がる。ギシギシと唸る木造の階段は今にも崩れそうで、無謀な自分と非常階段を罵った。
誰だよ、非常階段を木造にした奴……校舎はコンクリだぞ……。
何とか持ちこたえてくれた非常階段を上がりきり、ドアノブを掴もうと手を伸ばした瞬間――。
カチッ……。
内側から音がして、非常口は音をたてて開いた。
椎名が視界から消えたことに気付かないまま、流華は校舎を携帯電話のカメラで撮っていく。木造校舎に縁はないが、鉄筋コンクリート製校舎となれば話は別だ。小さい頃から縁がある。ここでどんな学園生活が行われていたのか、何となくでも想像出来る。その感覚はノスタルジアに通じるものがあるのだろう。ここまで鉄筋コンクリートの廃墟が綺麗だとは思わなかった。噂通り黄昏時になればきっと美しく――。
ガチャン! ガチャン!
それは連鎖的に続いた金属音。驚いた流華は掴んでいた携帯電話を落としそうになり、奇怪な悲鳴をあげながらそれと格闘を続け――掌で跳ね回る携帯電話を力強く掴んだ。無事だった携帯電話に胸を撫で下ろしつつ、重いものが落とされたような音の出所を探して周囲を見渡してみるが、音を発したようなものは見当たらない。それでも物音が気になり、とりあえず昇降口を調べてみることにした。
昇降口のガラス部分はベニヤで塞がれているため、中を見ることは出来ない。把手には鎖が巻かれているが、錆びて解けているうえに南京錠が落ちていた。物音の正体が判明したことで流華は息を吐いた。帰ったら誰かに報告しておいたほうが良さそうだ。
地面に落ちた南京錠を拾うために屈んだ時、背後で誰かが咳をし――それに驚いた流華は持っていたバッグを落としてしまった。
「ああ、悪いね。まさかそこまで驚くとは思わなんだ……」
バッグを掴んで振り返ると、そこにいたのは沖田だ。今の咳はここで何をしている、という意味なのだろう。右手には茶色の小さな紙袋を持っている。
「驚きますよ……! いつの間に背後に来たんですか!」
「たった今だよ。ここで何をしているのかな?」
流華は申請書を見せた。
「……なるほど、取材か」
沖田は申請書を返し、流華の横を抜けると本棟を見上げて言った。
「この校舎を記憶に遺してくれるなら歓迎だよ。黄昏時まで待っていれば、綺麗な校舎が見えるし、私の母校なんだ」
「母校だったんですか? 初めて聞きましたよ。ではここで薔薇色の高校生活を?」
驚かされた意趣返し、というわけではないが、どんな学園生活だったのか問い詰めたくなった流華は、ある意味で嫌味になる薔薇色という言葉を選んだ。
「薔薇色かどうかはわからないけど……楽しかったよ。小さい友達もいたしね……」
小さい友達?
流華が問い詰める間もなく、沖田は昇降口に近付いた。その把手は鎖を引き連れた南京錠でガッチリと封鎖されており、あの時の侵入ルートは我ながら冴えていた、と微笑んだ。
出来ることなら会いたかったな……。
「……みんなからの餞別だ。受け取ってくれるとうれしいよ」
屈み込んだ沖田は、持っていた紙袋をドアの手前に置いた。手を合わせる気にはならないが、目を閉じて彼女に想いを馳せてみるのも良いだろう。
屈んだまま動かない背中を見ていた流華は、彼が誰のために祈っているのかわからずその場で小さく首を傾げた。行方不明事件のことが脳裏によぎったが、その弔いにしては悲愴感がなく、その背中から流華が感じたのは同窓会のような気配だ。気になるから訊くべきか、ある意味で空気を読んで流すのか、心の中だけで葛藤していると、
「……変な教員だと思うかもしれないけど、見たことは内緒にしてくれるとうれしいな」
葛藤が表に出ていたのか、沖田は振り返ることなくそう言った。それに対し、流華は変な教員ということを否定はしなかったが、誰にも言わないことは口で約束をしておいた。すると、沖田はそれに安堵を示して校舎へ戻って行った。結局、彼が何をしたくてここに来たのか、流華にはわからなかった。
そんな沖田の背中が見えなくなるのを待った流華は、ポツン、と置いていかれた紙袋に近付いた。さすがに中を調べようとはしないが、そこに貼られていたメモ用紙を覗き込んだ。
『また、いつか。 親愛なるあなたへ。 あなたの友達一同より』
その文字を見、流華は思慮の欠けた自分の行いにかぶりをふった。校舎に向けて頭を垂れ、忘れかけていた椎名のことを捜しに行った。
「沖田せんせ〜」
職員室から出ると同時に、沖田は見知らぬ少女に声をかけられた。声の主は先ほど擦れ違った翳で、その声音には長年の友人みたいな気軽さがあった。とはいえ、沖田の方は翳とは一切の面識がない。馴れ馴れしさなのか、人懐っこいのか判別出来ない彼女の態度に困惑をしつつも、
「君は……月河君たちと昇降口にいた子か」
「ズドラーストヴィチェ(こんにちは)。鶴雛翳といいます〜」
翳はぺこりとお辞儀をした。
「その発音からして……ロシア語かな? すまないが、日本語で話してくれるかい?」
沖田は動じることなく切り返す。教師という職業ゆえに変わった子供は馴れている。
「ヤ・ヴィナヴァート・ピェレド・ヴァーミ(ごめんなさい)、沖田せんせ。この片言は癖のようなものでして〜。実は、お尋ねしたいことがあって追いかけて来たんです」
ふむ……。
沖田は微笑んだまま、慎重に翳を探る。奇抜な服装、寝癖が目立つ髪を弄くり、同じように微笑んでいるが、視線に隙はない。彼女の鋭い視線は、相手の一挙一動を余すこと無く見極めようとしているようだ。聡明だが、自分の世界を全面に出すタイプなのかもしれない、と判断した沖田は出来るだけ平静を装いながら言う。
「尋ねたいこと? 見たところ、君はこの学園の生徒ではないよね? そんな子が、私に何を尋ねたいのかな?」
「あんやとです。答えてくれるんですね」
「そこまで睨まれたら怖くて答えるよ」
沖田がそう言うと、翳は声を出して笑った。
「睨んではいませんよ〜。えっとですね〜、訊きたいことは〜……」
そこまで言って、翳は飄々とした態度を消した。
「せんせって……〝人ならざるもの〟と交流していませんでしたか〜?」
その言葉に刺された沖田は目付きを変えた。どうしてそのことを知っているのか。身構える沖田とは反対に、翳は髪を弄ったまま表情を変えない。
「言わなくてもわかりますよ〜。それだけ身体に匂いを纏っていたら〜」
匂い……?
沖田は自分のシャツに鼻を近付けたが、洗剤と微かな汗の臭いしかしない。すると、その仕草を見ていた翳が笑い出した。
「違いますよ〜ノース(鼻)で感じる匂いではなくて……こっちで感じる匂いで〜す」
翳は自分の頭を人差し指でつついた。それが何を意味しているのか沖田にはわからなかったが、彼女が所謂視える人だということは暗に理解出来た。
「……どんな匂いかはわからないけど、接触していたのはずいぶん前だよ」
「どうやら普通に接していたみたいですね〜。周囲で不可解な事件はありませんでしたか?」
不可解な事件。その言葉に沖田は思わず前のめりになる。幾度となく疑われ、危うく退学処分になりかけた忌まわしい思い出でもある。
「……事件はあったよ、六人の生徒が行方不明になった事件、それ以外にも不可解な出来事、首をもぎ取られた校長先生。でも……この事件に彼女は関係ない、悪意なんてなかったから……みんなで妹のように接していたんだから」
「ふ〜ん……なるほどね。スパシーバ、失礼しま〜す」
翳はもう一度ぺこりと頭を下げて、蓮たちの許へ向かった。
その背中を睨むように見据えていた沖田だが、やおらかぶりをふって別の階へ消えた。
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