微笑みの鬱病
2022年9月1日木曜日5時55分、天気予報は晴れ時々曇り…。
今年も9月に入りました。昨年末から前兆があり1月から少しづつ酷くなり、3月頭に「鬱病」ほかと精神科で診断されて、半年以上経過しました。
数年間、ずっと耐えきっていた心の器が壊れてしまい、色んな方に大変ご迷惑をお掛けしています。
大枠と病院の先生から診断されたのは「スマイル仮面症候群」による「微笑みの鬱病」です。そこから大きな原因と言われた仕事やら主夫業との業務の幅の広さと量の多さ、考えすぎて、睡眠薬や安定剤を服用しても1日2時間程しか眠れない「睡眠障害」。内科でも精神科でも同じように、(責任放棄する形になるので失うものは大きいのを承知で)最低4か月は、全てを遮断して隔離病棟で入院して療養しないと過労で死んでしまうと言われました(笑)
「築き上げてきた仕事上での信頼関係などは0になるかも知れませんが死ぬよりマシだと。0になっても少しづつ取り返せばいいとも…」、食事も作る時間は作れても時間もなく、身体は常に飢餓状態…。
先天性の喘息と心臓が若干機能しない時があるので、必ず2週間に1度は、かかりつけの病院には検診はしていましたが、ツケが回り、心も体もポンコツになっていました。
全く違う病院で同じ事を言われたので、本当の事なのでしょう。ただ、主夫業も3人の子供もいます。
流石に入院は出来ないとは伝えました。勿論、シンパパではありませんが妻も色々と病気持ちなのと、今まで炊事や家事などもしていなかったので、全てを放棄するのは、その部分も含まれるという事です。妻1人に負担をかけることは出来なかったのです。
1番最初にしたことは取引先に謝りをいれて個人事業主で始めた仕事のほぼすべてを辞めました。
もう1つは、20年以上、親しくしていた恩人であり友人であった人物と縁を切りました。理由は色々とありますが今回は割愛します。
鬱になった最大原因と診断された部分はストレス因子は無くなったという事にはなりますが、そう簡単に治るものもありません。
1日で捌ける仕事のキャパシティや、今まで出来ていた仕事でも、少し抵抗があった仕事に関して、パニック状態になる「パニック障害」と「適応障害」になりました。その代わり、鬱の症状は軽くなりました。
精神科医の先生の話では、理由もなく不安や恐怖感などの症状がおこり生活にも支障がでるのが「鬱病」。ストレスとなる要素があって、それが無くなれば症状が治まっていくのが「適応障害」という事でした。ただ、そこに長年の「スマイル仮面症候群」が混ざってしまっているのと、時折、理由もない不安や恐怖を感じたりするので、大きな枠で考えれば「鬱病」という枠に入った幾つかの精神疾患というのが、私の正式な病名になる事になります。「鬱病」というより「微笑みの鬱病」に限りなく近い。でも、完全な「微笑みの鬱病」ではないという、説明が難しい状況です。
最近、引きこもりしながら出来る作業(書類作業や事務作業)がメインなので、仮面をつける機会が少なくなりました。仮面部分を外せるかといえば、まだ難しいので、あまり人前にでないようのはしています。
気が合う方合わない方関係なく、会話などのあとは必ず、激しい動悸や息切れを起こします。
現状を知らない方には「(今日は)病気と聞いてたけど元気にしてるね!」言われたりしますが、
都度、「スマイル仮面」や「微笑み」の説明をしますが、その後に動悸や息切れがします。
そんな自分が正直、情けなく感じます。
仕事もなかなか出来ません。生活に影響がでるので焦りに繋がります。救いなのが、まだお手伝いして下さる方がいらっしゃる事。
鬱になる前に自分の半生を振り返り、あと、残りの半生で何が出来れば後悔しない人生を送れるか考えました。父親や祖父共に長生きではなかったので、同じ位までしか時間が残されていないと考えれば、そう長い時間は残されていない事になります。
それを4つの大きな区分に分けて、事業計画書という未来の計画書として、まとめてみました。実現できる分を精一杯頑張ってみようと考えたのです。その後、今の状態になってしまいましたが、それでも、共感して賛同して下さる方がいて、私が出来ない分は代わりにと動いて下さっています。
ネット上に何度か「無計画」「無理」などと、手厳しい言葉も書かれてありました。でも、その言葉は過去に数えたらきりが無いほど、言われたり罵しられた言葉です。ですが、今までも、そう言われても全て実現してきました。読まれることはないでしょうが、そういう事を書かれたり言う人ほど、諦めるのが早かったり、口だけで動かない事を私は良く知っています。それこそ、前述の恩人であり親友がそういう人でしたから…。
「半生を賭けた大博打」です。非難したくてたまらないでしょうが、スルーしていただきたい。あなた達には関係ない事で、私はあなた達の言葉に従うつもりもないので…。
私は鬱になろうが、自分の座右の銘のままに生きるつもりです。
立志尚特異=自分の志が人と異なる事であったとしても恐れてはならない。
俗流與議難=志を叶える為には世間の常識やらに囚われてはならない。
不思身後業=死んだあとの事を考えても無駄である。
且偸目前安=目先にある楽な道を進もうと思うな。
百年一瞬耳=人の人生は100年だったとしても、それは一瞬の出来事にしかならない。
君子勿素餐=自分の実力や身の丈に合わない、地位や権力を手に入れても、ボロが直ぐに出てしまう。そういうものは、全て自分自身が歩んできた後ろから来るものだ。
色んな解釈がされていますが、私は上記の座右の銘を意味をこう考えます。
今は本当に生き苦しい時代ではありますが、最後は後悔することが少ない生き方ができますように…。
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