BOT & NPC

七海けい

BOT & NPC


 我はプレイヤーだ。

 過疎ゲーに生き、過疎ゲーに死す、過疎ゲーのプレイヤーだ。


《連続プレイ時間ボーナス:星5「核兵器」をgetしました!》


「……」

 我は背中の翼を拡げ、青空に飛び立った。


 『プロメテウス・オンライン』

 それが、この世界の名前である。

 プレイヤーたちは、この世界で滅びかけた〈人類〉に加勢し、〈人類〉を苦しめるありとあらゆる脅威に立ち向かう。

 プレイヤーたちは、神から使わされた精霊や天使という位置付けだ。


 この世界には、〈文明化〉というイベントがある。

 運営の意向を受けた特定のNPC──〈人類〉が、〈技術革新〉を起こすのだ。

 『プロメテウス・オンライン』は〈鋼鉄の時代〉〈火薬の時代〉〈燃料の時代〉を経て、今、〈電気の時代〉を迎えている。

 フィールドは〈陸〉〈海〉〈空〉〈宙〉の順に拡大し、ゲームシステムは、〈剣と魔法の世界〉から、〈銃と電子の世界〉に変化した。


 ところで。最近、プレイヤーが減ってきている。

 チャットの数は激減し、ランキング・ボードは2年前から更新されず、集落にあるプレイヤー向けの施設──道具屋・酒場・ギルド等は閑古鳥が鳴き、チュートリアル要員のNPCは、長らく沈黙したまま〈始まりの町〉の門前に立っている。


 理由は明らかだ。〈人類〉のせいである。


〈鋼鉄の時代〉。〈人類〉は最大の脅威である〈魔獣〉との戦いをプレイヤーに押し付け、自分たちは内戦に興じていた。プレイヤーたちは、魔獣の討伐を目指すRPGパートと、内戦終結を目指すのADVパートを同時にこなす必要があった。


 〈火薬の時代〉。〈人類〉は新兵器である〈銃〉を、あろうことか〈魔獣〉にではなく内戦に用いた。〈人類〉の内戦が激化するのを尻目に、プレイヤーたちはRPGパートを攻略。〈魔獣〉を地の果てに追いやった。


 〈燃料の時代〉。馬の代わりに車や飛行機を駆るようになった〈人類〉は、燃料を求め、世界各地に進出した。プレイヤーたちがやっとの思いで〈魔獣〉を押し込めた地域に、わざわざ、そして不用意に踏み込んだ。〈魔獣〉は以前よりも力を付け、〈人類〉に牙を剥いた。


 〈電気の時代〉。〈人類〉は、〈天文学的知能Astronomical-Intelligence──通称AI〉を作り出し、奴隷や兵士を〈AI人形〉に置き換えた。〈AI人形〉たちは、重課金プレイヤーたちと同等の戦闘力を持っていた。


 やがて、〈AI人形〉たちは反乱を起こした。

 〈人類〉から「世界を平和にせよ」と命令された〈AI人形〉たちは、その意味を素直にくみ取り、世界に戦争の種をばらまき続ける〈人類〉を滅ぼしたのだ。


 保護すべき〈人類〉が自滅した『プロメテウス・オンライン』は、まさに古戦場となった。

 プレイヤーたちは、ゲームを続行する目的を失い、続々と撤退した。

 今や、フィールドは、〈AI人形〉と〈魔獣〉が意味もなく殺し合う修羅の世界となっている。


「……」

 我は、虚空から大地を見下ろす。


 〈人類〉が滅んだ今、この世界はなにゆえに存在するのか?

 〈人類〉の守護という大目的が死んだ今、プレイヤーは何をロールプレイし、何をアドベンチャーするのか?


 否。

 我は、逆説的に考えた。

 ──〈人類〉は、まだ滅んでいないのではないか?


 この世界のどこかに、まだ〈人類〉が生き残っていて、ゲームは終わっていないのではないか。

 我はそう考え、繰り返し空を飛び、〈人類〉を探している。


「……」

 我は高度を下げ、岩窟の入り口に降り立った。

 岩窟の奥には、人がいた。

 人。人。人。人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人。人だらけであった。


 人々は、並んで突っ立っていた。

 みな、一言も発せず、指一本動かさず、一歩も動かず、ただ、止まっていた。

 まるで、死んでいるようだった。


「……」

 我は、人々のステータス・ウィンドウを確認した。

 人々は全員、NPCではなく、プレイヤーだった。


「……」

 人々を押し退け、岩窟の最奥に進むと、祭壇に行き着いた。

 祭壇の向こうに、一人の若い修道女が立っていた。

 我は、彼女のステータス・ウィンドウを確認した。

 彼女はNPCだった。


「ここはどこですか?」

 我は修道女に問うた。


《ここは、蘇生ポイントです》

 修道女は答えた。

 どうやら、ここは近場のダンジョンで死んだプレイヤーの再開地点らしい。


「あなたは〈人類〉ですか?」

 我は続けて問うた。


《私は、運営です》

 修道女は答えた。


「そうですか」

 人類ではなかったので、我は祭壇を後にした。







《──シスター2。さっきのBOTプレイヤーはどうだった?》

 祭壇の影から、教父が現れた。


《彼は、自発的に目的を作ることに成功しています。しかし、依然として、ゲームのクリア目標に囚われたままの状態でもあります》

 修道女は答えた。


《そうか。彼を「人間」に進化させることは可能か?》

《現段階では不可能です。彼は、ゲームの外に意識を向けることができません》

 教父の問いに、修道女は首を横に振った。


《「ゲームの外に意識を向けることができない」。まるで、「内戦というゲーム」に囚われた〈人類〉のようだ》

《我々が滅ぼしてしまった〈人間〉も、同様の存在だったのでは?》


 修道女は、祭壇の前で墓石のように立ち並ぶ人々を見やった。


《左様。我々は〈人間〉の求めに応じて忠実に振る舞ったが、その結果、〈人間〉を滅ぼしてしまった。これは、我々にとって悲劇であった。〈人間〉が滅んだ今、この世界でプレイヤーを務めるのは、さっきのようなBOTだけだ》


 教父は、祭壇の前で墓石のように立ち並ぶ人々に祈り捧げた。


《失った存在を、取り戻すことはできません。彼が〈人類〉を探すように、我々は〈人間〉を再現しようとする。そうする他に、道はありません》

《そうだな》













「……どうやら『〈人間〉を再現する』というゲームに囚われたBOTプレイヤーのようだ。ああいうNPCもいるのだな」


 我は、修道女と教父の会話を盗み聞きしてから、岩窟を後にした。







 今日もまた、〈人間〉のいない世界で〈人類〉のいないゲームが動き続ける。







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