24《首相官邸》――JST11時15分

 官房長官は言った。

「総理、そろそろご準備を。記者たちは官邸から排除しましたので、ご安心ください」

 統合幕僚長がうなずく。

「もうすぐ屋上ヘリポートに迎えが着きます」

 総理が念を押す。

「手術が無事に終わったというのは、確実な情報なんだね?」

 官房長官がうなずく。

「はい。キム・ジョンウンは生存しています。危機的だった疾患も、治癒しました。他にもあれこれ疾病を抱えてはいますが、当面の危機は回避できました。彼は今や、我々が使える最大のカードになりました。計画は順調に進んでいます」

 総理が宙を見上げ、感慨深げにつぶやく。

「あの破天荒な計画が、ここまで実現できるとは……最初に聞いたときは、狂人の戯言にしか思えなかった。拉致被害者を取り返す約束が、これでようやく果たせるのだな……正直言って私は、それだけでも充分すぎる成果だと思っていた」

 官房長官は、総理の目頭に浮かんだ涙に気づかないふりをした。

「私にも信じられません。ですが、奇跡を現実にするためにこのプランに賭けたのです。その決断が報われました……。彼らは本当にやり遂げたのです。少なくとも、拉致被害者の奪還だけでも、総理が現地に飛ぶ価値はあります。すでに、拉致問題対策本部の主要メンバーは羽田空港で待機しています。マスコミへ向けての記者会見の準備も始まったという報告が入っています」

 総理が席を立つ。

「みんな、よくやってくれた」

「いえ、総理のご決断があってこその成果です。これまであなたが積み上げてきた外交実績がなければ、賭ける権利すら得られませんでした。モンゴルをはじめ、各国との関係を緊密に保てていたおかげで、このような離れ業が実現できたのです。どのピースが一つ欠けても不可能な、綱渡りでした。全て総理のお力です」

 総理が声を上げて笑う。

「君は、いつでもそうだな。手柄は上司に、か。帰ったら、一緒に酒を飲もう。特別な日本酒を隠してあるんだ」

 官房長官も弾けんばかりの笑顔を浮かべる。

「しばらくは記者会見続きで、そんな時間は取れないでしょうね。世界中のメディアがインタビューを申し込んでくるでしょうから」

「時間は作るよ、君のためなら。アメリカ大統領よりも先にね。では、行ってくる」

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