ステージ3
13《チームA》――JST09時42分
エンジンカッターの轟音が機内に響き渡る。カッターから吹き出す混合ガソリンの排気が、機内に充満する。隊員が握ったエンジンの先では、円形のブレード――砥石が高速回転していた。本来は閉じ込められた被災者を救い出すために建物のコンクリート壁や鉄筋を切断する用具だが、鉄板も切り進む能力を持っているのだ。先端部分を付け替えれば、チェーンソーとして使用することもできる。
ブレードが、内張りを裂いてむき出しになった機体の金属に触れる。途端に、真っ赤な火花が散った。そして、見る見る切り込みが入れられていく。
傍で作業を見守る大越が叫ぶ。
「爆発物に触れないように、大きく切り取れ!」
「了解!」
切り進むにつれ、切り口から冷たい外気が吹き込んでくる。
大越の前後では、暴動鎮圧用の大楯『ニンジャ』を構えた部下が息を殺して身構えていた。楯の高さは1メートルを超え、重さも8キロに迫る。しかもオプションの防弾用チタンパネルを装備している。
万一爆発を誘発しても、可能な限り機体内部への損傷を防ごうという備えだった。それでも、作業を進める隊員と大越自身は爆風にさらされる。大越は韮澤から退避するように懇願されたが、決して受け入れなかった。
隊員が、壁面とハートユニットに挟まれた狭い場所でエンジンカッターを巧みに操作する。ブレードの回転を止めて持ち替えるたびに、切り取られる辺が増え、吹き込む風も強まっていく。最後に残った辺を切り進めながら、隊員が叫ぶ。
「もうすぐ切れます! 衝撃に備えてください!」
同時に、切り取られた辺がつながった。隊員が、エンジンカッターを止め、その先端で軽く押す。と、50センチ四方ほどに切り取られた外壁が外れて、落下していった。
吹き込む風が突風に変わり、機内に渦巻く。海面で反射された強い光が差し込む。外は、一面に広がる日本海だ。
そして数10秒後、機体の背後にかすかな爆発音が起きた。急激な気圧の上昇が、信管を作動させたのだ。
大越がつぶやく。
「やはり爆弾は起動していたんだな……」
この輸送機は、生死を分ける崖っぷちに立たされていたのだ。
部下が異物の付着に気づかなければ、機体は何事もなかったように自衛隊基地に降り立っていたかもしれない。そしてそこで、降下に伴う気圧の上昇を感知した爆弾で破壊されていた。
キム・ジョンウンの生命とともに……。
隊員が背後に下がると、入れ替わった部下がニンジャのチタンパネルを壁にあいた穴に当てた。別の部下が、素早くガムテープで仮止めしていく。機体のカーブとチタンパネルの曲がりは一致しなかったが、隙間はパラシュートの布を当て、防水シート用接着剤を塗り込んで塞ぐ。さらに上からテープを貼って固定した。
作業を確認した大越がインカムでパイロットに指示する。
「爆発物の排除に成功した。巡行高度へ上昇しろ」
機内が与圧されれば穴に当てたパネルも押し付けられる。穴は完全に塞がれ、飛行に悪影響を及ぼすことは少ないはずだった。
機体の最後尾から作業を見守っていた春香がやってきて、大越に言った。
「素早い作業でしたね」
「隊員はみな、よく訓練されていますからね。で、この先はどうすればいいですか? あなたの指示に従わなければならないんでしょう?」
「まずは、このまま日本に向けて飛行を続けてください。拉致被害者の無事が確認されれば、山場は越えたことになります。基地に着いてから、党委員長を病院へ運ぶことになります」
「了解しました」
春香は衛星電話を取り出した。大越に笑いかけると言った。
「母に連絡します。状況はまめに通信しろと、うるさく言われているんで」
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