11《チームA》――JST09時35分

 C130Hがタキシングを始める。ゆっくりと滑走路の端で機体の向きを変えた。

 操縦席の左後ろのドアは下部を支点に開かれ、タラップになっている。地上を警戒していた隊員が乗り込める場所は、そこしか残っていない。機体が滑走路の窪みを越えて激しく揺れる。降ろされたままのドアが大きくバウンドして、滑走路面に擦れて火花を散らした。最後一人がタラップから乗り込もうとして、ドアを吊るすワイヤーをつかんだ。

 滑走路上では、給油に当たっていた北朝鮮の整備員たちが叫び声を上げながら右往左往している。

 ドアの脇で撤収を確認していた大越が、戻ってくる隊員に手を貸す。大越はエンジン音に逆らって大声で尋ねた。

「外の様子はどうだ⁉」

 隊員が答える。

「敵、多数。完全に包囲され、銃撃を受けているようです! しかし、なぜかこの機は攻撃されていません! 機体には一発の銃弾も当たっていません!」

 春香が言った通りだった。

 派手な銃声が基地全体を包み込んでいる。それなのに、銃撃はされていない。ロケットランチャーの発射もない。まるで、『さっさと飛び立て』と尻を叩かれているようだ。

 隊員が機内に入ってドアを閉じようとした時だった。彼は滑走路上で何かを発見したのか、大越の手を振り払ってドアの隙間から身を乗り出した。

 大越が叫ぶ。

「どうした⁉」

 しばらく機体の後方を覗き見ていた隊員が、中に転げ込んでドアを閉じた。

「地上の整備員が、機体の下に何かを張り付けました! ドアの後方、およそ5メートルほどの位置です。その途端に、整備員は親衛隊に射殺されたもようです!」

「何を貼り付けた⁉」

「分かりません。サイズや形は9式対戦車地雷に酷似。爆発物の可能性、大」

 大越が後部へ振り向いて、ハートユニットと壁の隙間に声を張り上げる。

「爆発に備えろ! 機体左側中央付近! 爆発物らしき物体が付着!」

 その指示が後部に伝達され、隊員が移動する。爆発があるなら、ハートユニットの横だ。右側に身を隠せば、爆発の直撃は避けられる。

 大越の命令を聞きつけた操縦席からの声がする。

「離陸はどうしますか⁉」

 大越は命じた。

「直ちに離陸!」

 大越は一瞬で計算していた。

 まず、隊員が見たものが爆発物だとは限らない。爆発物ならば、別の疑問がわく。

 整備員が射殺されたなら、彼は基地を守るジョンウン親衛隊の〝敵側〟だったはずだ。つまり〝反乱軍〟にあらかじめ基地へ送り込まれていた工作員だということになる。隠し持っていた爆発物を、離陸寸前に機体に付着させるのが役目だろう。

 一方で空港を襲った反乱軍は、機体を直接撃とうしてこない。何らかの理由で、この基地内では破壊したくはないわけだ。それなのに、機体には爆発物を付着させることは必須だった――。

 その矛盾は、橘春香の判断と一致する。

 貼り付けられた物が何であれ、今すぐに機体を破壊するものではない可能性が高い。いずれは危険になるとしても、ここで止まれば二度と離陸のチャンスは訪れないかもしれない。

 何よりも、海外派兵など法的に許されない自衛隊員が、北朝鮮で捕虜になるわけにはいかなかった。自衛隊機が鹵獲されるなどもってのほかだ。北朝鮮の軍事基地への着陸が党委員長からの要請であっても、反乱軍が情報を操作をすれば〝真実〟は隠蔽される。誰の目にも明らかなのは、この基地に自衛隊の輸送機が停まっているという〝事実〟だけなのだ。

〝事実〟は、どんなプロバガンダに悪用されるか分からない。

 今やらなければならないことは、一刻も早く北朝鮮から脱出することだ。

 まず、海上へ。

 万一機体が爆破されるとしても、反乱軍に証拠となる残骸を渡すことは絶対にできない。

 4機のターボプロップの甲高いエンジン音が機内に充満する。激しい加速と振動が始まる。機体が宙に浮き、振動が消える。床が急角度に傾く。離陸時は可能な限り素早く上昇するのが、地上からの攻撃を避けるための鉄則なのだ――。

 10秒……20秒……じわじわと時間が過ぎていく……。

 だが、爆発は起きなかった。地上から攻撃を受ける気配も、ない。

 機体は、急角度のままさらに上昇していく。

 大越がコックピットへ命じる。

「機外カメラをチェック! 他に付着物がないか確認しろ!」

 副パイロットが叫ぶ。

「了解! 今のところ一箇所しか発見できませんが、再度確認いたします!」

 北朝鮮空軍基地への着陸が決定した時点で、機体の外部には複数の小型カメラが取り付けられていた。合計8種の映像で死角がないように機体外部を記録し、いつでも確認できるシステムが組まれていたのだ。

 大越は機体のフックにかけてあったインカムを被った。

「橘さん、応答願います」

『橘です』

「隊員が、機体の下に爆発物らしき物体を貼り付けられたことを確認しました」

 しばらくの沈黙の後に答えが返る。

『爆発物だとしても、直ちには危険はないでしょう』

 大越は春香がそう判断する理由を確認するために、あえて尋ねた。

「なぜそう言えるのですか?」

『やる気なら、とっくにしていたでしょうから。基地で直接の攻撃を避けていたことから考えると、領海内でこの機体を破壊することもないでしょう。反乱軍も、何らかの理由で自衛隊機の訪問を世界には知られたくないようです。それなのに、空港からはさっさと追い出したがっています』

 大越の考えと一致する。

「証拠は残したくない、と考えてるわけですか? 逆に言うなら、証拠が残らないのなら消してしまいたいということになりませんか? だが、この機には最高指導者が乗っているんですよ」

『だからこそ、消したいんでしょう。ジョンウンの親衛隊が襲われたのですから、クーデターが起きていることは確実です。爆発物なら、遠隔操作するか時限式か……気圧を感知して起動することも考えられます。とりあえずは、地上から攻撃されない高度で水平飛行に移ってください』

「地上ギリギリで低空飛行するべきではありませんか?」

 その質問も、春香の知識と判断力を確かめるためのテストだ。

『レーダー探知は避けたいですが、爆弾が気圧の低下で起動しているなら、高度を下げるのは危険でしょう。降下時の気圧再上昇がトリガーになるかもしれません。北朝鮮軍のレーダー網は、それほど恐れる必要はないでしょう。位置を知られても、攻撃はしてこないはずですから』

 その結論も、大越の意見と同じだ。大越は、当面は春香の指示に従っていても問題はないだろうと判断した。

「了解しました」

『爆発物らしきものが正確には何だか、確認はできませんか?』

「機外だから、困難ですが……」

 だが、放置すればいつ爆発するか分からない。爆発物でないとすれば、おそらく機体の位置を知らせる装置だろう。それを放置してもいずれは〝敵〟の攻撃を招き、機体を危険に晒す。

 と、副官の韮澤二等空尉が大越の腕に触れた。大越に言う。

「私が機外へ出て爆発物を確認します」

 大越は意外そうに言った。

「どうやって⁉」

「まだ高度は上がりきっていませんから、酸素マスクなしでも機外に出られます。落下傘のハーネスを使って、そこのドアからゆっくり繰り出してください。爆発物処理班にもいましたから、知識はあります。付着物が何かは、確認できると思います」

「そんな訓練はしたことがない。危険すぎる」

「ですが、異物の確認を怠るわけにはいきません」

「さっきは銃撃されていたのだから、やむを得ない」

「このままでは全員に危険が及びます。私が適任です。このままにはしておけません。やらせてください」

「しかし……」

「時間がありません。許可を!」

 特殊作戦群のような厳しい訓練を受けた隊員になら、そのような離れ業も要求できたかもしれない。実際に、今回の飛行のメンバーに特殊作戦群を参加させることも検討されたのだ。

 だが、北朝鮮側は自衛隊内に情報網を張り巡らせている。徳山基地に特殊部隊員を送り込むことが事前に察知されれば、取引が反故にされる危険があった。最悪の場合、武力侵攻の証拠として国際問題化される可能性すらあった。それを恐れたNSCは、あくまでも正規の機動衛生隊だけで作戦を進めることを選んだ。

 機動衛生隊員は医療活動には高いスキルを持つ。反面、戦闘において充分な訓練がなされているとは言い難かった。その中でも、韮澤が異色の経歴を持っていることを大越は知っている。沖縄の不発弾処理の現場にいただけでなく、陸自のレンジャー訓練も受けている。

 この男ならできるかもしれない――。

 大越はやや考えてから決断した。

「了解した。ハーネスの準備をしてくれ。他の隊員も呼んでくる」そして、春香に言った。「橘さん、韮澤二尉が爆発物を確認に向かうことになりました」

 橘のマイクに異音が混じる。何かの作業をしているようだ。

『確認って、外に出るんですか⁉』

「他に方法はありません……」

『解除とかできるんですか⁉ 外見を見ただけで、機能まで分かるんですか⁉』

「それは……だが、何もしないわけにはいかない!」

『ちょっと待って……今、こちらの機材を調べていますから……機体の外壁の厚さって、どれぐらいだかわかりますか?』

 大越は腹立たしげに言った。

「機材って……軍人ではないあなたに、何ができるんですか⁉」

『ハートユニットのレントゲンは、汎用性を考えて取り外しができるんです。手術によっては邪魔になる時もありますから。後方反射X線を使ってますから、イメージングプレートを機外に出す必要もありません』

「イメージングプレート、って?」

『普通のレントゲンは、物体を素通りしたX線で内部を調べます。それを受け取る側がイメージングプレート。後方反射X線は物に反射したX線で、それを検知して画像を描きます。ハートユニット内の解析コンピュータとはブルートゥースで繋がります』

「だから、どういうことですか⁉」

『テロ対策で、トラック一台丸ごとレントゲンで透過する装置があるでしょう? あれと同じ仕組みです。片側に装置を置くだけで、対象物を透過できるんです。反対側にフィルムを置かなくていいんです。誰も機外に出なくて済むかもしれません』

「そんなことが可能なのか……?」

『やってみないと、分かりません。でも後方反射X線は、本来人体の透過よりもテロ対策に向いている方式です。ツシマ精機は装置の小型化のために新しい技術を開発して、あえて人体に応用したんです。ただ、この装置で出力が足りるかどうか……。飛行が安定したら装置を外します。どの辺に異物が貼り付けられたか、特定しておいてください。壁を叩けば、多分音の違いで付着した場所が分かります』

「了解した――いや、しました」

 大越は、隊員の感覚で大雑把な目安を付け、壁の断熱材をコンバットナイフで切り裂いてはがした。露出した壁面をスパナで軽く叩いて、音を確認していった。搭乗員用の椅子の下は、腹ばいになって細かくチェックしていく。

 と、甲高い金属音がやや低くなる場所が見つかった。

「ここだ……」

 音の違いが明らかな部分を、赤いマーカーで囲む。

 大越が別の隊員に指示する。

「異物から何らかの電波が出ていないか、調べろ」

 命じられた隊員が小型の電波探知機で周囲をチェックした。機内に装備してあった電波探知機は片手で握れる携帯電話のような機器で、盗聴器や盗撮カメラの探知に使う民生用の最上位機種だ。

「それらしい電磁波の発生源は検知できません。異物には通信機能は備えられていないようです」

 大越はうなずいた。

「こちらの位置は送信していないということだな。探知されることを恐れたんだろう」

「ですが、無線による爆破指示を受信できる機能はあるかもしれません」

「異物自体を除去できれば問題はない。こちらの情報を送信していないなら、除去しても北側に悟られることはないわけだ」

 そこに、難波三佐が一抱えもありそうな白い〝箱〟を運んできた。一見、魚市場の発泡スチロールケースのようにも見える。ハートユニットがあるために通路が狭く、身をよじるようにして進む。その後ろには、春香が続く。

 春香が言った。

「ユニットの中に真鍋さんがいます。彼がレントゲンのモニターを操作しますので、爆発物に詳しい方が映像を確認してください!」

 身を起こした大越が韮澤に指示する。

「君が確認しろ」 

「了解しました」

 韮澤が後部に向かうと、代わって難波が前へ進む。春香の指示に従って、難波がレントゲンのユニットを壁に近づけ、電源コードをつなげる。小型ながらそれなりの重量があるらしく、屈強そうな難波も位置の維持に苦労している。機内の構造物や椅子のパイプが邪魔になって、なかなか思い通りの場所に近づけられない。

 大越が春香に尋ねる。

「北朝鮮の軍人たちはどうしていますか?」

「あなたの部下に囲まれておとなしくしています。あまり喋らないけど、クーデターが起きたことは認めているわね。自分たちも戻れば何をされるかわからないから、私たちと行動を共にするしかないと諦めているみたい。今は、最高指導者と一緒にいるのが一番安全でしょうからね。ジョンウンが生きている間は、ですけど」

「ジョンウンの容態はどうです?」

「鎮静剤で落ち着いています。意識もぼんやりとしているはずだから、何が起きているかは理解できていないでしょう。ただ、治療の緊急性は変わりません。あれこれと激しい移動やストレスがあったはずだし、離陸で気圧も変化してますから、むしろリスクは高まっているでしょう。真鍋さんは、一刻も早く手術を開始したいと言っています」

 大越が、覚悟を決めたように言う。

「あなたの指示に従えという命令に不満はありません。だが、本当に大丈夫なのですか? 北朝鮮の最高指導者を拉致しようとしているんです……あなたには、それほどの決定を下せる権限があるのですか?」

 指示書には、『無線封鎖を続けろ』という命令も記されていた。それは、無線の傍受からこの機の飛行を隠すためだ。むろん警戒の対象は北朝鮮だが、直属の上官とも連絡ができないというのは不自然すぎる。大越は、幹部が警戒しているのはアメリカ軍ではないかとも疑っていた。

 拉致被害者奪還の計画は、何度もアメリカの都合で妨害されてきた歴史がある。北朝鮮には、共産主義と自由主義との緩衝地帯という役目があり、アメリカが存続を望むという一面もあるからだ。日本が独自に北朝鮮と和解すれば、東アジアのパワーバランスが崩れ、アメリカが望まない方向に傾くかもしれない。共和党の大統領の出現によって米軍の大戦略が見直されつつあるのは事実だが、まだ対北朝鮮の方針変更には至っていない。大統領の考え方を軍の末端にまで浸透させるには、それなりの手順と時間を要するのだ。

 だが日本は、それを待ってはいられなかった。ようやく訪れた決定的なチャンスに、アメリカから身を隠しながら奪還計画を進めるという上層部の考えは、理解できないでもない。

 理解を超えているのは、橘の存在だ。自衛隊を〝指揮する〟民間人など、法規的にも能力的にも想定できるはずがなかった。だが、現実に作戦指示書には『橘に従え』と明記されていた。

 常識外の作戦が進行しているのだ。

 春香は毅然と大越の目を見返す。

「これがプランFですから。プランは全部で20。あらゆる可能性を検討したつもりです。すべて、幕僚長たちを交えて極秘に練り上げた計画です」

 幕僚長までが、橘を信頼しているという。あるいはもっと上の、NSCの了解のもとに行動している人物だということもあり得る。

「改めて聞きたい。君は一体、何者なんだ?」

 春香の答えは滑らかだ。

「民間の組織ですよ。実務も担うシンクタンクのようなもの――と考えてもらえばいいでしょう。わたしたちには、人には明かせない特殊なスキルがあります。今回は、自衛隊がその能力を必要としたのです。決して自衛隊が表に出すぎることがなく、すべての命題を解決できる方法を見出す――それを求められたのです。ですが、プランには障害がつきものです。相手があることですから。それが北朝鮮なら、こちらの予測をはるかに超えた反応を見せることもあります。事実、機体に貼り付けられた異物が障害の一つです。基地から追い出されることも、妨害があることも予測して対応策を練ってありますが、この異物は想定外です。あなたには、その障害を取り除くことに専念していただきたいんです。それが、統合幕僚長からの命令でもある、と断言してもいいでしょう」

 大越は、正体を明かそうとしない春香に苛立ちを隠そうとしなかった。

 と、大越が首にかけたヘッドフォンに部下の声がした。

『配置に付きました!』

 同時に春香のヘッドフォンにも通信が入った。ハートユニット側での準備が整ったのだ。

「難波さん、走査を開始してください」そして、大越を睨みつける。「今はジョンウンの命を救うことが最大の使命です。この機が破壊されたら元も子もありません。目の前の異物を無力化してください」

 大越も、それが、今やるべき仕事だということに異論はない。

「分かりました。異物除去に全力を尽くします」そして、部下たちに指示した。「内部から異物を除去するには、外壁を一部切り取らなければならない。『人命救助システム』で可能な方法を考えろ。それまでは、現状の高度を維持して飛行を続ける。この高度では速度も上げられないし燃費も落ちるが、やむを得ない。異物を排除したら穴を塞いで機内を与圧し、高度を上げる。そのための材料も何が必要か考え、準備しろ。機内にあるものなら何を使っても構わない」

 この輸送機は医療ユニットを運搬することを主な任務として運用されている。東日本大震災のような大規模な災害にも対応できる装備が常備されているのだ。それは『人命救助システムⅡ型』と呼ばれるもので、警察や消防などでも使用される民生品だ。

 機内に装備されているのは10名程度の部隊での使用を想定した『分隊用器材』で、収納ケースの中にエンジンカッターや油圧式ジャッキなどが収められている。ビルの鉄筋を切ったり瓦礫に挟まれた要救助者を救出するのに最低限必要となる機材だ。それが、意外な局面で役に立ちそうだった。

 難波はレントゲンユニットのスイッチを入れ、印が付けられた壁面をゆっくりと移動させていった。難波のヘンドフォンにもハートユニットからの通信が入る。

 韮澤の声だ。

『そこで止めて! ……画像は鮮明とはいえませんが、異物の外形は確認できます……ぼんやりとですが、複雑な配線やバッテリーみたいな電子装置らしきものも見えますね……ああ……ここが爆薬のようですね……信管のようなものの影も見えますね……これは、爆発物と判断するしかないでしょう』

 大越が会話に入る。

「起爆方法は予測できるか?」

『そこまでは……待ってください、今、画像を調整してもらってます……ああ、そこ! その画像が一番はっきり見えます! 小型のセンサーらしきボードも見えます! だとすれば、やはり気圧センサーでしょう。アイフォーンなどにも普通に使われている装置です。それなら、一定の高度に上げた段階でスイッチが入って爆発――あるいはそこで起動させて、再度降下して気圧が上がった時に爆発するようにも設定できます』

 大越がうめく。

「着陸時に爆破しようということか? 日本の国内でジョンウンを殺そうという計画か……だから基地を追い出すような手段をとったわけか……」

 春香も、謎が解けたというような表情を浮かべて、うなずく。

「ジョンウンに、日本領内で死んでほしかったんですね」

「暗殺するだけでは不充分だと?」

「ジョンウンが死ねばいいだけなら、気圧センサーなんていう複雑な仕掛けは不必要でしょうからね。海上で爆発して行方不明なんていうのも都合が悪い。最高指導者の死は確実に世界中に知られるようにしたかったんでしょうね……」

「なぜ?」

「全てを日本の責任にするためです。遠隔操作で爆破すれば、北朝鮮からの電波が探知されて記録が残るかもしれません。今この周辺は、自衛隊や米軍が血眼になって異常を探知しようとしているでしょうから。時限装置を使えば、どこで爆発するか正確には選べません。残骸が海に沈んでしまえば、ジョンウンが死んだことが証明できないかもしれません。だから、確実に日本の領土内に墜落するように、空港直近で爆破させる方法を選んだんです……。墜落直後にジョンウンが治療のために日本に渡った事実を公表すれば、自衛隊の不手際で死んだことが明らかになりますから……」

 大越が、春香の〝読み〟の速さと鋭さに目を丸くしながらつぶやく。

「反乱軍にとっては、理想の展開だな。ジョンウンを排除した上に、不可抗力を装いながら政権を交代できる。日本のミスで死んだことにすれば、政治的にも優位に立てる。北のことだ、多額の賠償金も要求してくるでしょうね……」

「だから彼らは、あえて基地の中でジョンウンを殺そうとしなかったんです。あくまでも、〝日本の失策で最高指導者が殺された〟という証拠を残すために……」

 大越が言った。

「つまり、我々は何が何でもジョンウンを死なせるわけにはいかないということですね」

 春香がうなずく。

「その原因がたとえ心臓病であっても、です……」

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