第63話 ラフィリルの王子

 世界の平和の象徴とされたデルアータでの園遊会は今や、混沌の坩堝である。


 王は怒りに震え、自分の息子と弟を兵に捕えさせた。

 王妃は何とか意識を保っているものの、今にも卒倒しそうである。


 兵達は二人をあっという間に縛り上げる。

 ザッツも王命で自分を縛る兵には逆らわなかった。

(その程度の良識はかろうじて残っていたようである)


「「兄上!」「父上っ!」」二人が手を後ろに縛られ王に向かって問う。


「「何故ですっ!」」


 王子と将軍が叫ぶのを王は怒りの表情で受け止め、王妃は悲しみの表情で受け止めた。


「わからぬと言うのかっ!愚か者!ルーク殿とお前たちでは、お前たちの方が全てにおいて劣っているという事が!」


「「なっ!何を馬鹿な!」」


「馬鹿なのは其方達です!」と王妃も悲し気な声を振り絞って言った。


「「あ、義姉上…」「母上…?」」


「なんと、愚かな…」と、王妃は、呟く。

 ルミアーナが、王妃に近づき肩を抱きすくめポンポンと背中を軽くたたき、慰める。

 王妃はルミアーナの肩に頭をもたげながら嗚咽をもらす。


 そして、ルミアーナは縛られたザッツ将軍とローディ王子に振り返り問うた。


「ザッツ将軍…貴女はイリューリアに身分不確かな者が関わってはいけないと言いましたが、では、他の国の賓客の方々でしたら、宜しいの?そうね、例えばジャニカ皇国の皇子様とか?」とルミアーナが問うとザッツは渋々と言った感じで答えた。


「そ…それは…、イリューリア殿が望んだ場合に限ってではありますが…大国の皇子…身分に不足はありませんが…」と口籠る。


(本当は格上のジャニカ皇国の皇子では敵わないと思っているだけである。相手が誰であろうと自分以外で良い訳がない)


 するとジャニカ皇国の皇子が、するりとラフィリアード公爵夫妻の側にきて、頭を垂れた。


「失礼…。私の名が出てきたので、御前に参じます事をお許しください」と恭しく礼を取る皇子にザッツと王子、そして周りの賓客達も驚いた。


 そう、ラフィリルの隣国であるジャニカの皇子は、ルミアーナが、月の石の主であることもルークがラフィリルの王子であることも当然、知っているのだ。


 しかし、そんな事は知らない周りの賓客達は、今回、一番身分が高いと思っていたラクア皇子のその仕草に首を傾げた。


 何せジャニカ皇国と言えば、上下関係が厳しい事でも有名で、ましてや自分より格下の者に頭を下げ、礼をとるなど、のである。


 大国の皇子が、頭を下げているのだ。


 そして、くるりと縛られたザッツ将軍とローディ王子に憐憫の眼差しをむけるとルークに向き直り、再び深く礼を取った。


「ルーク殿…貴方も、もったいぶらずに、ご出自を申されれば宜しかったのでは?そうすれば、そこの、ザッツ将軍も、これほど愚かな事も言わずにすんだでしょうに…」


 周りがざわめく。


「「「殿下?」」」


「今、殿下と言いましたわよね?」

「え…彼は魔導士とうかがいましたけど?」

「「どういうこと?」」と周りの人々がざわめく。


「別に、勿体ぶってなど…聖魔導士の称号を受けし時に王家の姓は返上しておりますので…」とルークがラクアに皇子に答える。


「「「王家?」」」


「「「「「王家だって?」」」」周りがさらに、ざわめく。


「「王家だと?」」とザッツ将軍とローディ王子が顔色を変える。


「そう、ルーク・ラフィリル殿下だよ。ラフィリル王国の第二王子であらせられる」とラクア皇子が付け加える。


「「「「王子殿下!」」」」


「「「「「「「あのラフィリルの!」」」」」


 ざっ!と、一斉に賓客たちのすべてが、腰を低く、片手を胸に添え、頭を垂れる。

 一同は驚きのもと、息を飲んだ。

 そして自分達も気づかぬうちに何か失礼を働いてはいないかと思いめぐらす。


 静寂の中、ジャニカ皇国の誇り高き皇子ラクアが、言葉を続けた。


「そもそも、ラフィリルの聖魔導士と言えばにしか、なれない。逆にいうと、聖魔導士にはなれぬ。身分などあっても…それが、血族であり、聖魔導士や月の石の主の存在であるのに…はじまりの国ラフィリルからも大使を招いておきながら、遠方の国とはいえ、この国の王子や将軍がそんな事も知らぬとは、不勉強と言わざるをえませんが…」


「「なっ!」」

「「ラフィリルの王子っ!」」とザッツ将軍とローディ王子は青ざめた。


 ザッツは言葉を失った。

 この世界で一番の大国ラフィリルの王子に喧嘩を売ってしまったのだ。


 下手をしたらこの国ごと消し去られてしまう危機ともとれる自分の愚かな所業に青ざめる。


 自分の将軍と言う立場を考えても許されぬ大失態である。

 ザッツはがっくりと膝をつき、項垂れた。


「くっ…し…知らぬ事とは言え…大変な…失礼を致しました…」と苦しそうに詫びた。

 後ろ手を縛られながら俯くその姿はさすがに、哀れと言うほかなかった。


 冷静に考えれば、王位継承権すら持ち得るダルタス公爵将軍の従兄ともなれば王族とまで思いつかなくとも低い身分のはずもない。

 それは分かっていたのである。

 しかし、跡継ぎではない無駄飯食いの次男三男ではないかと…自分の恋敵になり得ないものとして都合よく頭の中で処理してしまったのだ。

(もとは、国民からも慕われる猛将のザッツである。恋の病が脳みそに来てしまった残念な症例かもしれない。)


 そしてローディ王子は、それでも納得できずに愚かな事を口走った。(こちらも、かなりの重傷である)

 その内容は、周りを呆れさせるには十分すぎるほどであった。


「ルーク殿の事を貶めたような発言があった事は認め、謝罪いたします。申し訳ございませんでした。ですが、イリューリアと、わたしは元々が婚約者でした。小さな誤解から一度は、婚約破棄という形になりましたが、先日、その誤解も解けたのです。どうか、ルーク殿もわたしとイリューリアの事を祝福して下さい」


「ひっ」とイリューリアが小さな悲鳴をあげた。

 イリューリアは心の中で叫んだ!


『嫌っ!絶対に嫌!私の好きなのは…私の恋する方は!』

 自分の想いに確信と絶望を覚えるイリューリアである。


 王子からの求婚を臣下であるイリューリアに断れるはずもない。

 国王が許せば、そのまま婚約は調ってしまうのだ。


 イリューリアは目に涙をためてルークの方を見た。

 イリューリアがルークの袖をきゅっと握りしめる。

 ルークは、「ふっ」と笑顔になりイリューリアの手を握る。


 そして誰にも聞こえないような小さな声でイリューリアに何やら耳打ちをした。

 イリューリアはそっと頷く。



「「愚か者っっ!」」と王と王妃が息子である王子に怒鳴った。




 周りももう、誰もこの王子の恋が叶うなど思うものはいない。


 王子のその空気を読まなさ過ぎる発言には、周りの賓客や兵達も………ドン引きだった。

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