第64話 それぞれの気持ち(1)

 園遊会はもはや無茶苦茶だった。


 楽師達も音楽を奏でる手を止めている。


 この国の王子と王弟を縛り、兵達が囲んでいる。

 ザッツ将軍は自分の愚行にようやく気づき項垂れているが、王子はまだ、今一つ解っていない。


「いい加減になさい。王子よ、今さらイリューリア嬢がお前の事を想っている訳がないでしょう!」と王妃がたまりかねて言う。


「何をおっしゃるのです。私はイリューリアに確かめたのです。彼女との誤解は解けて、その事を彼女は喜んでくれた!そうであろう?イリューリア!」と、王子はイリューリアにいきなり言葉をふる。


 イリューリアは突然の王子の言葉に困惑したが、何がどうなったら自分がいまだ、王子の事を思っているような話になるのか思い当たらない。


 しかし、自分は臣下であり、あからさまに王子にお断りを入れて恥をかかせる訳にもいかない。

 そんな気持ちで当惑していると王子が苛立ったようにイリューリアに声を荒げた。


「イリューリア!何とか言うのだ!そなたの想い人(自分だとおもっている)が窮地なのだぞ!」


 国王が怒りを通り越し呆れかえる。

 手をおでこに当てて首を振り大きくため息をつく。

 その様子は賓客たちからみても気の毒になるほどである。

 王妃などは言葉を失い、胸を押さえ、動悸息切れ眩暈に襲われて、過呼吸寸前である。


 隣国に二年間の留学まで行かせたというのに一体、何を学んできたのかと問いただしたくなる。

 人の心を読めていなさ過ぎる。

 我が国より弱小な隣国ではデルアータの王子と言う事で特別扱いされ続けていたのかもしれない。

 こんな事ならもっと大国にやり自分が『井の中の蛙』であることを悟らせるべきだったと後悔するがもう遅い。

 今、起こしている不始末は、到底許されるものでは無いのである。


「やめんかっ!お前の王子と言う身分を今を持って剥奪する!イリューリア嬢、今、この瞬間からこやつは王子でもなんでもない!貴族ですらない!に、言ってやるといい。遠慮はいらぬ!引導を渡してやるがよい!」


「なっ!父上っっ!」ローディは驚くが、周りは納得の表情である。


 ラフィリアード公爵一家などは全員が両腕を組んでうんうんと頷いている。

 ルミアーナとダルタスのまねっこでうんうんと首を縦に振る双子の可愛い仕草は、緊張極まるこの場で僅かながらも周りの者をほわっと和ませた。


 そして周りは、再びの茶番劇に一心に見入る。

 誰もかれもが、この事の成り行きが気になって仕方がない。

 イリューリアの想う相手など、誰の目にも明らかである。

 ルークに肩を抱かれ手を繋ぎ、すっぽりと守られているこの状況で、他の誰を思い浮かべるというのか…。

 少なくともこの国の王子ローディでない事は、確かである!


 イリューリア嬢を一目見て、すぐさま結婚の申し込みを考え早馬を走らせたラクア皇子ですら、この様子を見れば一目瞭然で解ってしまった。


 これが、他の誰かならばそれでもイリューリアを横から掻っ攫うぐらいの事はしたであろう。


 しかし、ルーク王子相手には引くしかなかった。


 孤高なる高みの存在聖魔導士…それはジャニカ皇国皇子の自分よりも上の存在であると知っているからである。


 むしろ本当にイリューリアの相手がこの国の王子や王弟ごときであれば、簡単に攫ったものをと切なく思うラクアだった。


 しかし、自分をわきまえることも『皇子としての矜持』である。


 ラクアが願う事…それは、せめて一目ぼれしたイリューリアの今後の幸せである。


 そして、大国ジャニカ皇国皇子である自分が認めるルーク王子ならそれが叶うであろうと、自分を無理やり納得させるのだった。


 そして、キリクア王に促され、ローディ王子への気持ちをイリューリアは口にした。


「わ…私は…誤解させたのならお詫びいたします。私はローディ王子殿下と疎遠になったのは私の至らぬせいだと思っておりましたが、そうではなかったというお言葉に、良かったとお伝えいたしました。幼き頃の淡い憧れは憧れにすぎませんし、私達のえにしは婚約や結婚とはつながっていないものと心得ております。王子殿下には私などより、もっと良きお相手がいらっしゃると思います。私は王子殿下の婚約者にはなり得ません」と、思いつく言葉の中でもできるだけ不敬にならぬよう、けれど将来へつながる縁はないのだとと答えた。


「そ…そんな…」ローディ王子はここにきて、ようやくイリューリアの心が自分にない事を悟り項垂れた。


「其方達は、これより囚人である。身分など全て剥奪だ!以降の二人への処罰はおって沙汰する!それまで牢にはいっておれっ!」


「「…はっ!」」二人はうなだれながらも、返事をした。


「極刑(死刑)もあり得ると心得よ!」と国王は冷たく言い放った。


「「!」」


 ザッツとローディははじかれたように王を仰ぎ見たが、王の顔は真剣そのもので同情の余地はなかった。


 その場にいた賓客たちも、その厳しいまでのデルアータ国王の言葉に息を飲んだ。

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