第61話 王子と将軍のやらかし三昧

 イリューリアの手をとったルークのいでたちは、どう見てもこの国の王子よりも王子らしく、美しかった。

 端正な顔立ち優しいブラウンの瞳に暗褐色の髪。

 背は高く、すらりと伸びた手足。


 ラフィリルのは明らかに特別で見事なものだった。


 それは魔導士というより、まさに大国の王子のいでたちで公女や貴族令嬢達の注目の的となった。


 ちなみに、本日のルークの出で立ちはルミアーナ監修である!

(ルミアーナ曰く、ルークの魅力を最大限に生かし尽した!との事である)


 濃紺の生地に襟元から肩に掛けて金糸銀糸で彩られた刺繍はまさに芸術品の域で、肩章から胸元に下がる飾緒も特殊な編み込みで出来ている。

 上から羽織っている黒に近いような濃紺の前開きのロングの外套はすっきりとしてルークのスタイルの良さを強調しているかのようである。


(ちなみにルミアーナの最愛の旦那様ダルタスは黒と茶を基調とした服装で、かなりドスのきいた迫力の装いである)


「さぁ、向こうでダンスでも楽しもう」とルークがその場から離れようとすると、さすがにローディとザッツが気づいて、ルークにくってかかった。


「貴公は、関係ないだろう!イリューリア嬢との歓談を邪魔しないで頂きたい」とザッツ将軍が凄みをきかせた声でルークに言った。

 ローディ王子もルークに睨むような眼差しをむけて不快感を露わにしている。


 その脅すような声色と王子の剣呑な様子にイリューリアは驚き、びくっと肩を震わせた。

 ルークはその肩をそっと抱き寄せる。


「イリューリア、大丈夫だよ」とルークはそう言ってイリューリアに微笑むと、まっすぐザッツ将軍に向き直る。


「歓談?お二人で何やら言い争っていたのでは?喧嘩なら城の外でされては如何です?注目の的ですよ?」とルークが冷静に言うとザッツとローディはぐっと言葉につまった。


「「…っ!」」


「と、とにかく、その手をはなせっ!彼女を連れだすのはやめてもらおう」とローディ王子が言うと、ザッツもその言葉に続く。


「そうだ!彼女への話はまだ終わっていないのだから横から入るのはやめて頂こう!」と、言い放つ。


 どの口が、そんな事をいうのか、そもそもローディ王子と喋っていたところに割って入ってきた筈のザッツが堂々とそんな事を言っているのには、聞いていた周りも呆れてしまう。


 ルミアーナも呆れた様に目を見開き、ダルタスも苦笑しながら子供達を抱きかかえて成り行きを見物している。


 遠巻きに見聞きしている王侯貴族、賓客の中からは失笑すら漏れているが、それすら激高している彼らには届かない。


「大体、貴公は何なのだ!魔導士とは聞いているが、爵位はあるのか?ないであろう?あれば姓を名乗っているだろうからな。もとは貴族なのはそのふるまいから分からぬではないが、我が国の公爵令嬢の肩に気安く手をかけるのはやめて頂こう!無礼にもほどがある!」


「ほう…爵位ですか?そんなものが、彼女と語らうのにも必要なのですか?」とルークが皮肉っぽい笑顔でそう言う。


「そんなもの必要ありませんわ!それにルークはラフィリルの賓客で、かのラフィリルの魔導士様なのですから私のほうが恐れ多いくらいで…」とイリューリアが言うと、ザッツが、その言葉をさえぎった。


「イリューリア嬢、いくら賓客と言えども、そんな他国のものに気を許してはなりません。彼は、今回の黒魔石の流出を防ぐために任を受けただけの魔導士に違いない!そうであろう?ダルタス将軍の従弟という名目でついてきたが、魔導士と言うだけで、爵位もないような身分なのだろう?本来ならこんな席に列席するのもままならぬ身分のものではないのか?名前以外の姓を名乗らぬのが何よりの証拠であろう!?貴族ならば、まず、姓を名乗り身分を明らかにするものだ!」とザッツ将軍が、どうだ恐れ入ったかと言わんばかりに言うとルークは呆れた様に答える。


「ふぅ…国が違うのですから、しきたりが色々と違うのでしょう?私があえて、姓を名乗らなかったのは。我ら聖魔導士、その称号を受けし者は身分に関係なく姓は伏せるのが通常だからです。それは出自に関わらずその技量、その魔法力、実力こそが全てであるからです」とルークが言った。


「ほら、みろ、結局そういうことではないか、魔導士と言うのはたちなのであろう?」とザッツが高らかに言い、ローディ王子も大きく頷き同意する。


「イリューリア、君はこんな男と関わってはいけない!さあ、こっちへ来るんだ!」とローディがイリューリアに手を伸ばす。


 その時、二人の後ろで、カルム宰相を伴い王と王妃が間直にきて、顔色を変え、わなわなと震えてこの馬鹿者達の所業を見ているのにも二人は気づかなかった。


 ルークはローディ王子の手がイリューリアにかかるのをさっと、払いのける。


「なっ!…この国の王子である私の手を払うなど!無礼であろう!」とローディが怒鳴った。


「イリューリア!さぁ、こっちへ!貴女はとなる人だ!そんな男には手も握らせてはいけない!貴女には!」と、とんでもないことを口走った!


「「「なっ!」」」息を殺していた周りの者達から驚きの声が上がる。


「「「「「今、なんと!」」」」


「「「イリューリア嬢がこの国の王子の未来の花嫁?」」」


「「「「「「「そんな!」」」」」」」貴公子達からは落胆の声が上がり、ざわざわと騒ぎ始めた。


「ばかが!何という事を!これではイリューリア嬢の気持ちが蔑ではないか!」とザッツがローディに喚く。


 言っている事は正しいが、そういう流れにしたザッツにも責任は『大』である。

(しかも王子の嫁にならなかったからといってザッツの嫁になるというものでもないのに!である)


 国王夫妻も、怒りと羞恥で卒倒寸前である。

 鹿鹿がとんでもない騒ぎを起こしているのだ。


 宰相である父カルムもローディ王子の爆弾発言に娘の幸せな未来が砕かれたようなショックを受けた。

「何てことをしてくれたのか」と!


 そして国王夫妻にも否でも分かった。

 イリューリアは決してこの馬鹿息子の事を思ってなどいないだろうと言う事が…。


 イリューリアの顔色を見ればそれは一目瞭然だったのだから…。


 イリューリアの顔からは血の気が引き青ざめ、目には涙がうかび、小刻みに震えていた。


 イリューリアにとって、それは晴天の霹靂!

 まさに思いもしなかった悲劇だった。


 父であるカルムが身を乗り出し、お手討ちも覚悟で娘を庇おうとしたその時だった。


 ルークがイリューリアをぐっとひきよせ自分の外套で包み込むように抱き寄せ、射るような眼差しでザッツ将軍とローディ王子を睨み、そして叫んだのだ。


「やかましいわっ!彼女の幸せを一番に考えられぬ阿呆どもに、彼女を任せておけるものか!そろいも、そろってのたわけ者めらがっっ!」


 それは、ルークが、キレた瞬間だった!

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