第60話 そして、園遊会

 そして、園遊会当日。

 天候にも恵まれ爽やかなそよ風の吹く中、空は青く澄みわたっていた。


 王城の敷地内で催された野外での催しは、デルアータ王城ご自慢の庭園の見事な花々が彩を添えて宴もたけなわである。

 そして、なんとこのデルアータの庭園には、日本の桜にも似た美しいフローリィナという木々が植えられており、満開の花を咲かせていた。


 そして宮廷楽士達の奏でる音楽は、王城内の庭園を優しく包み込むように幻想的に鳴り響き、賓客達を酔いしれさせ花の美しさをより引き立てた。


「真に、なんと美しい光景でしょう。こんなに美しく見事な花は、このデルアータでしか見られませんですわよね?」と、皆が口々にほめそやす。


 そんな中、イリューリアとルミアーナが、姿を現わすと、また昨日以上のどよめきが起こった。


 今日は、イリューリアは、まるでフローリィナの花のような淡いピンクのドレスに身を纏いさながら花の精霊のような装いだった。

 そして、ルミアーナは、大人っぽい薄い紫色のドレスを、実に上品に着こなしている。

 それは、まさに、精霊の王女プリンセス女王クイーンのような風情だった。


「「「おおお、美しい」」」


「「「「まるで、夢のようだ」」」」


 と、集まった貴公士達が熱いため息をもらす。


 性格のよろしい令嬢達からも熱い吐息がもれる。


「「「ほぅっ、素敵」」」

「「「なんて、お美しいのかしら」」」


「本当に!」「精霊様の化身?」「女神様の降臨のようですわね」とか囁く。


 そして、性格のよろしくない、ご令嬢たちからは、じっとりとした嫉妬交じりの羨望の眼差しで見られるのだった。


 そして、そんな性格のよろしくない彼女たちは、色んな意地悪を考え、まずは手始めに、よろけたふりをして、ワインの一杯もかけて、美しい装いを台無しにしてやりたいとか思っていたようである。


 しかし、そんな彼女たちは、思う方向とは反対によろけて自分にワインをかけてしまい、悔し涙をながしながら、会場を後にした。


 物陰から事は、ラフィリアード公爵一家…ルミアーナたちを除いては誰も気づかなかった。


 そして、イリューリアがルミアーナや子供達と楽しく歓談していると、不躾にもローディ王子が、割って入ってきた。


「やぁ、イリューリア、やっと会えた」


「まぁ、王子殿下…」イリューリアは臣下の礼をとる。


「ああ、歓談中、申し訳ない。ラフィリアード公爵夫人、少しイリューリアと話をさせてもらっても良いでしょうか?」と賓客であるルミアーナに一応の礼を尽くし伺いをたてた。


「それは…イリューリアも望むのであれば構いませんが、彼女の姿が見えなくなると、すっかり彼女に懐いてしまった、うちの子供達が泣いてしまうかもしれませんの!お話ならここで、私達の目の届く範囲で、していただけますかしら?」


 それは、ローディ王子にとっては思いがけない言葉だった。


 公爵夫人ルミアーナの言葉は素っ気なく、しかも、どことなく冷たいものでローディ王子は内心驚いた。


 大国ラフィリルの公爵夫人とはいえ、自分は王子である。

 それなのに、なんと無礼な…とは思ったが愛しいイリューリアとそっくりな顔で言われては、怒る気にもなれず、戸惑った。


「そ…それは…。わかりました」としぶしぶ、その場で、イリューリアに話しかける。


「イリューリア、本当は二人きりの時に話したかったのだけれど…」


「まぁ、改まって何でしょう?」とイリューリアは小首を傾げる。

 そんな何気ない仕草までも可愛らしいイリューリアにローディ王子は思わず息を飲んだ。


 ***


 ルミアーナに人の心は読めないが『女の直感』というものがある。


 ”こいつは、イリューリアに、良くない!”とルミアーナの直感が告げている。


 そもそも、イリューリアを傷つけたまま留学して今さら好きだとか言うつもりなら、あり得ないし!とか思っているルミアーナである。


 女の直感は侮れないのである。


 ***


 ローディは、思った。

 まさか公爵夫人は、自分とイリューリアの仲を反対しているのだろうか?邪魔をしているのか?とかんぐった。

(まさに、その通り!)


 現在、寝食までも共にしてベッタリなルミアーナの一家のせいで、ローディ王子は今日までイリューリアと直接、顔を合わすことすら出来なかった。


 もちろん、わざとデアル!(グッジョブ!ルミアーナ!)


 ルミアーナとしては、ルークの遅咲きの初恋を全力で応援したいと思っている。


 かつてダルタスとの恋を応援してくれた大親友ルークと、とても他人とは思えないほど自分によく似た可愛いイリューリアが結ばれれば、こんなにも嬉しい事はないのである。


 故に、ルミアーナは、思っていた。

 ルーク以外にイリューリアに近づく男は許さなくてよ!と!


 そして、二人が、立ち話とはいえ、何やら話し始めた時に今度はザッツ将軍が割って入ってきた。


「イリューリア嬢、今日の園での最後のダンスは是非、私と!」


「「は?」」と、思わず、ローディとイリューリアが、同時に呟いた。


「な、なにを叔父上!今、彼女は私と話しているんだ!」と、ローディ王子は声をあらげた。


「王子よ、こんな衆人環視の中、一体、何を話そうというのかね?」とザッツはローディをけん制する。


「お、叔父上には、関係ない!これは、イリューリアと私の問題だ!」


「関係ない訳がないだろう!彼女には私が!」


「叔父上こそ、何を言う気です!」


「わたしは良いのだ!王子殿下と違って同じ公爵家だ!彼女に無理強いをするような事にはならんのだから!」


「私は無理強いなど!」


「其方が、望めば、嫌でもそうなるであろう!」


「叔父上はお下がりくださいっ!」「お前こそっ!」


 と、二人の声はどんどん大きくなり、嫌でも周りの気を引いた。


「大」のつく馬鹿である!

(恋は盲目と言うが、それにしてもである!)

 元来、常識人であった筈の二人のたがは、外れまくっているようだ。

(それほどまでに、イリューリアを手に入れるのに躊躇ない様子は憐れなほどである)


 周りの者達も「ああ、傾国の美女とは、まさにこういった事をいうのか」と、思う。

 何しろ、一国の王子と王弟が、になってしまうのだから…と。


 イリューリアは二人が争っている訳も分からず、ただおろおろとした。


 二人がイリューリア嬢を巡って争っているという噂を肯定しまくるこの所業は周りの者の関心を否でも集めた。

(当たり前である!)


 皆、素知らぬふりをしながらも、一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませているのに、ヒートアップした二人は気づかない…というか、構ってもいなかった。


 こんな様子に王の側近も密かに、離れた場所にいた国王夫妻に知らせに走る。


 一触即発の事態にイリューリアが肩をこわばらせていると、ルミアーナが、イリューリアににっこりと微笑み、物陰に目をやり、そのあと、イリューリアにウィンクした。


 すると、すっと物陰から現れたルークがイリューリアの手を引いた。


「おいで…こんな茶番に君が付き合う必要は全くないのだから」とルークはイリューリアが思わず頬を赤らめてしまうような優しい姿で現れたのだった。

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