第9話 王子との再会

「何を言ってるんだ?」と、突然、怒ったような大声をあげたザッツにイリューリアはびっくりして怯えた。


「あ!も、申し訳ありません!私…何か失礼を…?」

 イリューリアは、萎縮した。


(ああ、私はまたしても気づかぬうちに何か嫌われるようなことしでかしたのだわ!)と、血の気が引いた。


「ああっもうっ!違うっ!貴女に怒った訳ではない!」


 ザッツは、青ざめたイリューリアの反応に慌てて取り繕おうとし、またつい大きな声をあげてしまった。

 まるで、第三者が見たらザッツがイリューリアを虐めているように見えるに違いない。


 咄嗟にイリューリアは後ずさり、再びザッツがイリューリアの腕を掴み自分に引き寄せようとした瞬間ときだった。


「叔父上!嫌がっているではありませんか!おやめください!」とローディ王子が陰から飛び出てきた。


 物陰から様子を窺っていたローディ王子には案の定、叔父であるザッツ公爵がイリューリアに無体を働いているように見え、イリューリアを助けようとして割って入ってきたのだった。


「え?誰?」イリューリアがその声に振り向く。

 そこには見知らぬ貴公士がいた。


「イリューリア!私が分からないのか?」


「え?」と、イリューリアは、戸惑った。


 イリューリアが分からないのも無理はなかった。

 ローディ王子は三年会わない間に少年から青年に変貌していたのである。

 背も二十センチ以上伸び、顔つきも体つきも逞しくなっていたのだから。


 イリューリアは、見知らぬ貴公子に名を呼ばれ困惑したが、公爵令嬢である自分を呼び捨てにできる人間はそうはいない。

 ましてや、異性で歳の近い知り合いなど、イリューリアにはそうそういるはずもなかった。

 十二歳のあの日から学園にも通わず家庭教師のみで学び、屋敷に引きこもって過ごしていたイリューリアには人付き合いする相手など皆無なのだったのだから。


 イリューリアは、はっとした。


「ま、まさか…ローディ王子殿下?」


 イリューリアが驚き、王子の顔を見る。

 二人の目と目が合い、イリューリアは、咄嗟に目をそらし口許を両手で隠すようにして頭を垂れた。

 その手は小さく震えて明らかに狼狽えていた。


「お、王子殿下、お久しゅうございます。私ごとき者が王子殿下のお目を汚してしまい申し訳ございません。今すぐ下がらせて頂きますので、何卒、お許し下さいませ」と、震える声で言い、逃げるように、その場から走り去った。


「…っ!イリューリア!」

 咄嗟に名を呼んだものの、ローディ王子が呼び止める声は力なく、イリューリアには届かなかった。


 その声が届いていたなら無論イリューリアは、どんなに居づらくとも、その場に留まったに違いない。


 イリューリアが、王子殿下を敬う気持ちがなくなってしまったわけではない。

 ただ、自分が嫌われていると思っているだけなのだ…。


 そして、嫌われている自分は王子の視界には入る事すら不敬なのだとのだから…。


「こら、ローディ王子よ!よくも邪魔してくれたな!俺はまだ彼女と話したかったんだがね」とザッツが甥でもある王子に物言った。


「叔父上がイリューリアを虐めていたからですよ!可哀想に!怯えていたではないですか!」


「馬鹿なことを言うな。彼女はむしろお前をローディ王子だと認識した途端、あからさまに青ざめて動揺しているように見えたぞ?」


「っ!そ、それは!」

 痛いところをつかれローディ王子は口ごもってしまう。


「一体全体、何が原因で彼女はあんなにも自分を卑下しているんだ?あれは異常だぞ?あれほど美しい令嬢など俺は見たこともないというのに!謙遜とかそんなんじゃない!彼女は本当に自分が冴えないとか美しくないとか思いこんでいるようだったぞ?」


「え?冴えない?そんな馬鹿な…。イリューリア…まさか、あの時の僕の言葉のせいで?」


 ローディ王子のその呟きに、ザッツは元凶がこの甥っ子にあると悟った。

「原因はお前かっ?」ザッツはローディが王子だろうとおかまいなしに頭をはたいた。

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