第10話 国王からの頼み事(1)

 イリューリアは、バルコニーから広間に戻ると国王両陛下と父に挨拶をし、屋敷へ戻ると伝えた。


「イリューリア、クーガン公爵と話がはずんでいたのではなかったのか?まさか、クーガン公爵はバルコニーでお前に無体なことでも?」と心配そうに父であるカルム・エルキュラート公爵が問うとイリューリアは、とんでもないと首を横にふった。


「まぁ、お父様。私と王弟殿下がバルコニーの方へ行ったのをご存じでしたの?王弟殿下…クーガン公爵様は無体な事などなさってはおりませんわ…でも、お父様以外の男性の方と二人きりだなんて…戸惑ってしまって私…」


「なんだ、そんな事を気にしていたのか?クーガン公爵ならば身分も申し分ないし、二人きりと言っても広間にはこれだけの人がいるんだ。それに彼とは親戚筋に当たるのだから、もう少し親睦を深めても問題はないのだよ?」


「それは、そうかもしれませんが…」

 イリューリアは、知っていたなら止めてほしかったのにと少しだけ父を恨めしく思った。


 でも父が止めなかったという事は、クーガン公爵様は自分の相手として父の許容範囲の方なのだとも理解できた。


 公爵家同士ならば身分的には釣り合っているし、自分ももう十五歳。そろそろ婚約者を決めなくてはならない年頃であることは家庭教師や召使いたちからも言われていたので、そういうことか…とも想像できた。

 でも初めての社交の場所でいきなり婚約者候補なんてハードルが高すぎると無垢なイリューリアは頭が痛くなった。


 そして先ほどローディ王子がクーガン公爵との間に割って入ってきたことは何となく言わずにいた。

 逃げるように戻って来てしまった事に少し罪悪感のようなものを感じていたのである。


「まぁ、カルム!そんな事を言ってもイリューリアはこれまで屋敷にこもっていたのですもの、いくら親戚とはいえ男性と二人きりなんて驚いてしまうのも当然よ。本当に殿方たちはデリカシーというものに欠けて困りものですね」と王妃は困り顔のイリューリアを庇うようにひきよせた。


 王妃はイリューリアの頬にそっと手を添えて優しく慈しむような眼差しをむける。


「イリューリア、無理はしなくても良いのよ?でも少しずつ社交の場にも慣れていかなくてはね?国王陛下も私も貴女の事は実の娘の様に愛しく思っているのですよ」


 王妃の優しい言葉と笑顔にイリューリアは胸が熱くなった。

 王妃はイリューリアの生母エマリアが亡くなった時もそれは優しく自分に声をかけて下さったものだ。

 思えば、ローディ王子との婚約はあの時、母の死に嘆いていた自分を励ます為の意味合いもあったのだろうと思い当たった。


 そう、王妃はイリューリアの生母エマリアととても仲が良い親友だったのである。


 エマリアの娘である自分を王子むすこと結婚させることで娘として、ずっと側で見守っていきたかったのだろう。


「王妃様…もったいないお言葉を…あ、ありがとうございます」


「まぁ、そうは言っても最初から無理をする事もあるまい。今日のところは、社交界デビューも無事終えた事だし、望むなら退出を許そう。ただ、少しだけ私の頼みを聞いてもらえまいか?」


 国王はイリューリアにそう言うと、カルム(エルキュラート公爵)と視線を交わし、にやっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

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