第6話 ローディ王子と公爵将軍ザッツ
ローディ王子は苦悩していた。
やっとイリューリアを忘れられるかもしれないような令嬢を見つけたと思ったら、それは成長したイリューリアだった。
そんな想いをめぐらせ呆けている間にローディ王子は出遅れた。
王弟であり、自分の叔父にあたるクーガン公爵が群がる貴族令息たちを退け、イリューリアにダンスを申し込んだのだ。
「失礼、お嬢さん!わたしはザッツ・クーガン公爵。ぜひ、貴女のファーストダンスのパートナーという栄誉をお与えくださいませんか?」
「まぁ、クーガン公爵様?王弟であり、この国の将軍の?恐れ多い事です。私、何分、舞踏会など初めてで自信がないのです…」
「では、正真正銘の初めてのダンスという訳ですね?尚の事、光栄です」と膝をつき手をとる。
その所作は洗練されていて、世慣れていないうら若い乙女なら皆、ときめきを覚えるだろう。
世慣れた大人のクーガン公爵は、こういう時、狙った獲物は逃さない。
王弟であるクーガン公爵が、ダンスを申し込んだのだ。
そこに割って入れる人間がいるとすれば身分的にはローディ王子くらいだが、ローディ王子は自分が嫌われていると思いこんでいる。
ヘタレ気味の王子にそこに割って入る勇気などなかった。
「クーガン公爵様、私、まだ王室の皆さまにご挨拶できておりません。ダンスより先に国王陛下やお妃さまへの、ご挨拶をさせて頂けますか?」と頭を下げた。
「これは、私としたことが…。諸侯に貴女をさらわれてなるものかと気が早ってしまいました。では、私が国王陛下方のところまでエスコート致しましょう」と手を引いた。
正直、イリューリアは助かった。
国王陛下や王妃様の側にはきっとローディ王子殿下もいらっしゃるに違いないと思ったからである。
正直、まだ、会うのが怖いのである。
俯きながら差し出された手に引かれて国王夫妻の所へ挨拶に行った。
「陛下、王妃様、ご無沙汰しております。イリューリアにございます。本日はお招き頂き恐悦至極に存じます」と優雅に頭を下げる。
「おお、おお、イリューリアか、なんと美しくなったことか」
「まぁ、本当に、なんて綺麗になって、エルキュラート公爵もさぞかしご自慢でしょう」と、国王も、王妃もイリューリアの成長した姿に感嘆した。
国王夫妻の隣には、宰相である父もいて、満足そうに頷きながら微笑んでいた。
「もったいないお言葉です」と頬を赤らめ再び頭を下げるその仕草は、国王夫妻やクーガン公爵、その様子を見守っていた貴族令息たちのハートを鷲掴みにしていた。
イリューリア自身はその賞賛の言葉を相変わらず社交辞令としか受け取ってはいなかったし、とにかく自分が粗相をしないようにと気が気ではなく、そんな周りの思惑など知る由も無かった。
当然、
そんな、周りの反応になど全く気づくことなくイリューリアは、この場にローディ王子殿下がいないことに胸を撫で下ろしていた。
(良かった…ローディ王子殿下はこの場にいらっしゃらないのだわ…もうどなたかと、ダンスをなさっているのかも…)
そうして、イリューリアは、クーガン公爵に手を引かれダンスを踊った。
クーガン公爵のリードはとても上手く、イリューリアは安心して身を任せて踊ることができた。
歳も自分よりかなり上のクーガン公爵とのダンスはまるで
イリューリアは、これまで自分の至らなさからローディ王子に嫌われたと思って自分の悪いと思うところを直すように意識して来た。
勉強もマナーもそしてダンスも頑張ってきたのだ。
イリューリアは考えていた。
先ほどの両陛下へのご挨拶の時には、ローディ王子殿下はいらっしゃらなかったが、イリューリアが国王の従兄で親友であるエルキュラート公爵の娘である以上、いつかは必ずまた出会ってしまう事があるだろう…。
その時に、また知らず知らずのうちに王子殿下にご不快な思いをさせてはならないのである。
これまで、思いつく限りの自分磨きを頑張ってきたイリューリアのダンスはとても優雅でステップはまるで水鳥の羽のように軽やかで見るものすべてに熱い感嘆のため息をつかせた。
(なんと素晴らしい姫君だろう。)
クーガン公爵は社交界にデビューしたばかりのこの初々しく美しいイリューリアに夢中になっていた。
ダンスを終えるとクーガン公爵はほかの者が近づく隙も与えずイリューリアをバルコニーに誘った。
王弟の誘いを無下にも出来ず、恐る恐るついていく。
イリューリアにとっては、まさにピンチだった。
イリューリアは、バルコニーに男性と二人きりと言うのはどうなんだろうと、とまどっていた。
そしてその様子を窺っている影がひとつ。
世慣れたクーガン公爵にかかれば世間知らずなイリューリアなどあっという間に食い散らかされるに決まっている!そう思ったローディ王子はハラハラしながら二人の事を隠れつつ見守っていた。
ローディ王子は嫉妬心も相まって、いざとなったら叔父を殴り倒してでもクーガン公爵を止める覚悟だったのだ。
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