第5話 イリューリア初めての舞踏会

 王宮で催される社交界シーズンの最初の月の舞踏会当日。

 次々に今年、社交界にデビューする若い貴族令息や令嬢が、紹介されながら入場してくる。


「今年の社交界は、不作だなぁ」

 そんな失礼極まりない発言をするのは王弟ザッツ・クーガン公爵二十七歳、この国の若き将軍である。


 王族でありながら近隣の国々からも恐れられるほどの屈強な戦士であるザッツは国王や宰相からの信頼も厚く、飾らないざっくばらんな性格は部下や民たちからも慕われる猛将だった。


「叔父上、相変わらずですね。諸侯に聞こえますよ?」

 困っったような顔で、クーガン公爵にローディ王子が言う。

 その時である。


「「「おおおっ」」」と、入場口の方を伺う諸侯らから声がもれた。

 振り返ると、そこには、恥ずかしそうに入場する初々しい令嬢の姿があった。


「なんて可憐な人だろう」


「あんなに綺麗な人は初めて見た」


「「「どこのご令嬢だ!」」」


 その令嬢は光輝くようなプラチナの髪を結い上げ清楚な白を基調とした品の良いドレスを身にまとっている。


 首元まで隠すようなデザインで胸元には、派手ではないが明らかに匠の技で彫られたカメオのブローチがひとつ。


 耳元には真珠と小さなアクアマリンをあしらった耳飾りをつけている。


 今年の流行なのか、肌を露わにした派手なデザインのドレスを身にまとった令嬢の多い中、その令嬢の装いは慎ましやかでそれでいて洗練された上品さが際立ち、逆に周囲の目を引いた。


 先ほどまで今年の社交界は不作だと言っていた王弟クーガン公爵も目を見張った。


 そしてローディ王子の目も釘づけだった。


「あの令嬢は…」


 それは、イリューリアを失ってから初めて感じた衝動だった。


 なんて清らかな姫君だろう。

 まるで彼女の周りだけ違う清浄な空気を纏っているかのようだ。

 一体、どこの令嬢なのか…と心がはやった。


 ざわつく周りに負けじと、紹介の声を張り上げる王室執事が声をあげる。


「エルキュラート公爵令嬢イリューリア様ご入場」


 会場はさらにどよめいた。


「「「おおおっ」」」


「「エルキュラート公爵家の姫君」」


「「「「あの方が!」」」」


 そしてローディ王子は愕然とした。


「か、彼女がイリューリア…?」


 そう、ローディ王子は驚いたのだ。

 確かにプラチナの髪と優し気な水色の…アクアマリンの瞳だ。

 この組み合わせの令嬢などそうそういる筈もない。


 しかし、たった三年で見違えるほどの美しさなのだ。

 いや、もともと、可愛い花の妖精のような美少女だった。


 しかし、輝きをました髪に、以前よりもなお白く透けるような肌。

 そして憂いを含んだ様な瞳は悩ましく、その所作は優雅で洗練されていた。


 花の妖精のようだった彼女はまるで精霊界のプリンセスか女神のような美しさへと変貌していたのである。

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