第14話


                 14


 今週末は宇来のアパートで、泊る朝樹だが、先ほどの会話の内容が、後を引いていて、何だか意識してしまう二人だった。


「朝樹さん、いつもの無糖カフェオレでいい?」

「ああ、ありがとう」


 そう言って、マグカップを二つ持ち、リビングのローテーブルに運んできた宇来。

 朝樹の隣に座り、何故かいつもよりも、近い距離に座を取った。だが、いつまでたっても、やや下を向いて黙っている宇来。 何か考えているみたいである。


 少しすると、何かを問うような顔をして、朝樹に話し込む。



「ねえ朝樹さん。 さっき向こうの家で言っていた事って、本当なのよね」


 結婚前の同棲の事だ。

「今すぐでは無いが、そう遠くないうちに、そうなればいいかなとは思っているがとにかく、同棲からかな」

「良かった」

 何度でも朝樹からその答えが欲しい宇来ではあるが、どうやら心配事もあるみたいだ。

 で、その心配事を口に出した。


「でもね、私って今年入社したばっかりでしょ。だから、まだ一年も経ってないのに、結婚って、やっぱり無理かな?....、どう思う?」

「それは、寿退社ってのが、簡単な女に見られてしまうと思われて、辛いって事なのかな?」

「そう言う事に近いかも、いや、そうかも....」

「な~んだ、その心配だったら、気にしなくてもいいのに」


「え!?」


 驚いた顔をして、朝樹を見つめる宇来。 朝樹に不思議そうな目を向けて、聞き返す。


「どう言う事なの? 将来結婚はしたいし、でも簡単に会社辞めたくないし。愛美ちゃんと咲彩先輩と、まだまだ一緒に働きたいし、どうしたらいいの? 朝樹さん」

 せっかく良い関係を続けている職場での関係が、自分の結婚で無くなってしまうのが心もとない宇来。 だが、朝樹からは良い意味で、拍子抜けした答えが返って来た。


「そんなの簡単だ、宇来が辞めなければいい事だ」

 驚くほど簡単な答えが朝樹から帰って来て、本当に拍子抜けしてしまった宇来。

「でも、結婚したら、会社を辞めなければならないんじゃないの?」


 朝樹は呆れた顔で、だが優しい声で、宇来に諭す様に言う。

「ウチの会社、結婚したからって、辞めなければならない社則は無いけど....、ってか、宇来、一番近い所に手本があるだろ?....、ほらほら、ほらすぐ近くに....」

「え?.....すぐ近くに?....、すぐ近く....、すぐ近く....、え~っと....、あ!!」


 宇来は気が付いた、今、宇来に最も近い人物が居た。

「はは、分かったか。 そうだ、その人だ」

「うん、分かった。 咲彩先輩だったね。 ご主人が課長だもんね。 わ~い!やった~!」


 アパートなのに、両手を上げ、大声を出して喜ぶ宇来。

(本当に性格がこの数ヶ月で変わったな、宇来。(朝樹))


「でもいいのか? 本当に、こんなオレで。 まだまだ現場では半人前だぞオレ」

 躊躇せずに、言葉を返す宇来。


「だって、だって、真面目に毎日みんなと現場に向かって、一生懸命に働いている朝樹さんが、好きなの。 もう言わせないで、恥ずかしいいから」

「じゃあ、お試し期間過ぎたら、結婚しような、宇来」

「したい、 結婚したい! 結婚するから、絶対」


「よし! じゃあまず。双方の両親へ挨拶しに行こうな」


                △


この後の週末、二人はそれぞれの両親に、新たに同棲の許しを得る様に、掛け合う事にしたのだが、結果は、あっけらかんとしたもので、双方の母親が特に。


「なあ~んだ、今頃そんな事言ってんの?」

 とか。

「今でも、週末同棲みたいなものじゃない」


 などど言われて、仕舞には。


「ウチの宇来の部屋で、取りあえず一緒に暮らしてみたら?二人でも暫くなら、暮らせると思うからって、今でも半同棲みたいなものじゃない」


 朝樹の母親は。

「彩音さんが良いって言うのなら、宇来ちゃんの部屋で、そのまま結婚の予習をしておきなさい」

 

などと、期待外れ(良い意味で)の返答が帰って来た。

さすがにこの答えに、朝樹と宇来は、拍子抜けした。 だが、双方の父親たちは。


「もし子供が出来たらどうするんだ!」

 と、声を荒げて言っていたが、これまた双方の母親は。


「そんなの、ただ結婚が早まるだけでしょう」

 と、サラッと言い放った。




「オレ達って、今更だよな....」

「そうね」


 親たちの意見に、朝樹と宇来は、そう答えるしか無かった。



                ◇ ◇



 宇来が借りているアパートに、朝樹が引っ越しして、同棲が始まった。


 しかし、今までの週末同棲の延長となるので、新鮮さには若干欠けるが、決定的に違うのは、週末以外の生活パターンだ。

 出勤前、毎日母親に弁当を作ってもらっていた朝樹は、同棲し始めてからは、宇来が自分の分も含めて、二人分作る事になった。


 最近、朝の早い朝樹は、宇来よりも早く出社する。 暫く経ってから宇来は出社するが、最近昼食時の同僚たちの、弁当に対する冷やかしが、絶えない。

 


「ほほう。 今まさに、コレと一緒のお弁当を、ダーリンが食している訳なんだな」

 と、先輩の咲彩が、ウリウリ と冷やかしてくるのが日常だ。  また、愛美は愛美で。


「宇来ちゃん、羨ましい。 いいな~、大好きな彼氏と、同棲なんて....、私も彼と同棲したい、ううん、同棲しちゃおっかな~」

 なんて、言っている。

 この事実は、この3人だけの会話なので、その他知っているのは、口の堅い、咲彩の亭主くらいだ。


「そっかそっか~。 朝樹くんと宇来、とうとう所帯を持つのか~....、で、宇来は寿退社か?」


 シレっと咲彩が聞いてきた。


「私この関係がとっても好きなので、結婚しても、暫くはまだここにご厄介になるつもりでいます」

「お~お~、可愛い事言ってくれるな、宇来は」

 そう言って、咲彩は宇来の頭をナデナデしてきた。


「よかった~。 宇来ちゃんが退社したら、相当寂しくなっちゃうから」

 愛美も嬉しい事を言ってくれた。

「だって、ここ居心地イイですから、このぬるま湯にもう暫く浸かっていたいですもん」


「まだまだ、辞めてもらっちゃあ困るからな、二人とも。 それに、私が寂しいからな」


 とってもいい同僚に恵まれた環境の会社に入ることが出来て、宇来は、心の中で二人に感謝した。



                  △



 夕方、宇来が退社して、帰りにスーパーで食材を買って、家に着いたのは、6時を少し過ぎた時間だった。


 部屋に入って、着替えをして、少し休憩をとってから、朝洗っておいたお風呂に、自動で湯を張ってから、夕飯の支度をする。 下ごしらえが殆ど終わった7時前、朝樹が帰って来た。


「ただいま~」

「お帰りなさい。お疲れ様」

「宇来もお疲れ」

「疲れた?」

「うん、疲れた~」

 と言いつつ、上の作業着を脱いで、宇来に抱き着いた。


「よし、充電だ~」

 と言いながら、暫くそのままだ。


 抱き着きながら、今日あった事を話す二人。 最後は抱き合っている中、朝樹が宇来の頭を撫でながら。

「風呂行ってくる」

 と言って、離れて着替えを持って脱衣場に消えて行った。



 ....、とまあ、こんな感じで、同棲が始まった。



 



 次話が最終話になります。







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