第2話


                  2


「たっだいま~!」

 元気の良い声に、玄関に向かって勢いよく出てきたのは、妹の未来(みく)だった。

 未来は玄関の様子を見て、 お帰り も言わず、大きく驚いて

「大変!たいへ~ん!!、お母さ~ん....」

 と言いながら、キッチンに飛ぶ勢いで去ってしまった。

「なんなんだ未来は」

 と、ボヤく朝樹だが、宇来に向かって

「ま、遠慮なく上がりなよ」

 と言ったが、次の瞬間、今度は母親の恵(めぐみ)と未来が玄関に来た。


「あら~~まあまあまあ.....。朝樹ちょっと紹介してよ。彼女? 彼女なの? ねえ彼女なのよね?」 

 と、聞いてきたので。


「あ!、ごめん。後輩だ」

聞いた瞬間、藤堂家女性陣はガッカリした....、が取りあえず、恵が声を出す。


「こんばんは、いらっしゃい。私は朝樹の母親の恵です、コレは妹の未来です」

「お母さん、 コレ扱いはひどい~....って、妹の未来です、よろしくね」


 藤堂家の女性陣たちの自らの紹介の後、宇来の事は朝樹が紹介した。


「二人とも、この人は、この春からオレの後輩になる、 希 宇来さんだ。 20歳だから、未来よりも一つ上だ、よろしくな....で、電話で話した通り、晩飯の支度OKなんだよな? 母さん」

 そう言う事なのかと、納得した恵は。

「まあまあ、そうなの? 私はてっきり....ねえ....」

 と言いながら、恵は、期待外れの気持ちを修正しつつ、(この娘って....)と、宇来に対して、気が付いたことがあった。


「ま、取りあえず、事情は後で話すから、取りあえず上がってくれ、宇来ちゃん」



 朝樹がそう言って、一団は取りあえず玄関から上がった。


 全員がリビングに入ると、そこにはすでに帰宅している父の拓也(たくや)が居た。

 もう一度宇来は朝樹の父親に挨拶をして、ちょっとした夕方の馴れ初めを説明していると、恵がいつでも夕飯が食べられるからと言って皆をキッチンに呼んだ。


 大きな6人掛けのキッチンテーブルに、宇来を含めた全員が座り、みんなで いただきますを言って、食事が始まった。


                *


「まあ、そうなの? ごめんなさいね宇来ちゃん。ウチの息子が」

「あ、いえいえ、私もボ~っとしていたんですから、こちらこそすみません。それに、アパートまで結構な量の荷物まで運んで頂いて、本当に助かりました、ありがとうございます」

「いいのよ、こう見えても意外にガッシリしてるのよ、朝樹は」


 今まで黙っていた妹の未来が、宇来に聞きだす。


「宇来ちゃんって、いつから会社に行くの?」

 大きな手作りコロッケを頬張りながら、未来が聞く。


「明後日からです」

「あ、そうなんだ....、それなら、明日またウチにご飯を食べに来て、いいでしょ?お母さん」

「そうねぇ、もちろんいいわよ。 宇来ちゃん、よかったら、朝も来るといいわ」


 少し恐縮しながら。

「そんな、朝からなんて、迷惑なのでは...」

 恵が首を横に振る。

「何言ってるの、適当に済ますくらいなら、ウチに来なさいな、コレも何かの縁だと思って、それにウチには女の子も一匹居るし、安心でしょ? 近いんだから、来なさい」

 藤堂家女子に招待され、躊躇してしまうが、そこはご厚意と言う事で。

「わあ、ありがたいです~、甘えちゃおうかな~」

と、宇来が厚意に甘えると、それに未来が返事をした。 



「来て来て、絶対! 私まだ大学お休みだもん、居るから~」

「じゃあ明日の朝、少し残った片付け終わらせたら、お邪魔します。ありがとうございます」

「はい!じゃあ、けって~(決定)」


 恵と未来が喜んだ。


「凄いな、ウチの女性陣って。 ゴメンな、ウチ こんなノリなんで、気悪く思わないでくれ」

「いえいえ、楽しいですし、気を使わなくって、何か、ずっと前から、ココに出入りしている感覚になります」



 楽しい夕飯が終わり、宇来が両親にお礼を言った後、朝樹と未来が、宇来を送って行った。


 宇来がアパートに帰って一人になった時、さっきまでの温かさが身に染みた。


 近所に先輩が居て、その家族が優しい。 コレは今から社会人になる宇来にとって、心強く思えるのだった。



                  ◇



 ゆっくりお風呂に入りながら、宇来が独り言を呟いた。


「あ~、結婚したい....」


 短大に入るころ、宇来は一人暮らしになって、初めて気が付いた、今まで家族と一緒に暮らしていたのが、急に一人になって、寂しさが出てしまったのだった。


 ホームシックになっていたかもしれないが、両親が頗(すこぶ)る仲が良いので、余計に一人になった時の寂しさが身に染みたのだ。

 それでも少し経てば慣れてくるもので、最初の寂しさは無くなったものの、短大だけあって、女子だけなので、自分から合コンなどの、出会いを求めない限り、男子と知り合う機会は殆ど全くなかった。


 それに、一番の決め手が、宇来の見た目、容姿である。


 髪はサラサラなのだが、一度も染めたことが無い、ミディアムボブ。 メガネも最近新調したのだが、ほぼ前と変わらない、細めの黒淵フレームにブルーライトカットレンズのメガネ、顔は小さいが、身長も高くない。 服装も、ダークカラー系が多いので、明るい印象が少ない。

 後ろから見たら、小柄な美人と思われつつ、前に向かうと、黙ってしまわれると言う事が日常だった。

 それに追い打ちをかける様に、性格が邪魔をして、今までの一部の同級生からは、 陰キャとまではいかないが、物静かな人 と言う印象が根付いてしまった。

 なので、今日あった出来事が、宇来にはとても嬉しく、近所に藤堂家が居るだけでも、コレからの自分の生活に、灯りが灯ったみたいだった。



『来て来て、絶対! 私まだ大学お休みだもん、居るから~』


 最後に未来から言われた言葉がとても嬉しく、穏やかな眠りに就ける宇来だった。



                 ◇



 明けて翌日。


 結構早朝から宇来は起き、最後に残った段ボールを開け、中身の物を整理する。 コレが終われば、藤堂家に行き、朝食を摂りながら、楽しい時間を過ごせる。 昨日の事がまた思い出されて、早く行きたくてしょうがない。


 現在時刻、7時過ぎ。 結構時間が掛かってしまったが、何とか殆ど片付いた。 一人暮らしは短大から2回目だけど、新しい環境での第一歩は、やはり緊張する。 だが、昨日近所で親しくなった藤堂家の事があり、何か心強い気持ちになっていた。


「あ!遅くなっちゃう」 

 そう言って、軽くメイクをして、ちょっとした地元の土産を手にして、部屋を後にした。


 そのまま、まっすぐに行き。昨日のドラッグストアを左に見て過ぎる。 そしてそこから3軒目が、藤堂家だ。

 玄関でチャイムを鳴らし、インターホンで挨拶があると思ったら、未来がドアを開けて、いきなり挨拶してきた。

「おはよう宇来ちゃん、待ってたよ~」

 すぐに返事を返す。

「おはよう未来ちゃん、朝早くからお世話になります」

「はは、そんな事言いから、早く上がって、私お腹空いてて....」

「あら~、待っててくれたの? ごめんなさい、もう少し早く来ればよかったわ~」


 玄関に入り、廊下を抜け、キッチンに入ると、母親の恵が3人分のトーストを焼いている最中だった。


「おはようございます。ずうずうしく来てしまいました」

「おはよう宇来ちゃん。よく来てくれたわね、この娘(こ)待ちくたびれて、もう少しで倒れそうだったのよ、うふふ」


「もぅ!おかあさ~ん....」


「おばさま、これ私の地元のお土産です。どうぞ」

 そう言って、ポリ袋に入ったものを手渡す。


「あら....、我が家の皆が大好きな、海苔じゃない、嬉しいわ~、ありがとう、こんなに沢山」

「良かった~、喜んでいただいて、嬉しいです」

「私、海苔大好きなの、ありがとう、宇来ちゃん」


 やり取りを見ていた未来が、空腹のためか....。

「ねえねえ、早く食べようよ~」

 と、急かしてきた。

「そうね。さ、じゃあ、みんな座って、いただきましょうね」

「「は~い」」

「あら、揃ったわね、」


「じゃあ、いただきます」

「「いただきま~す」」


 テーブルに並んでいるのは、焼きたてトーストと、サニーサイドアップのベーコン目玉焼き、フレッシュサラダと、コーンスープだ。


 食べながら、宇来が聞く。


「おじさまと朝樹さんは、もう行かれたのですか?」

「もうとっくに、確か7時前には出勤して行ったわ」

「明日は、宇来ちゃんも初出勤ね、しっかりやりなさい」

 恵が宇来に 喝 を入れると。

「はい、頑張ります」


 右手を握り、力を込める宇来。


「あれれ、もっと力を抜いて行かないと、疲れちゃうわよ」

「そうなんですか?」

「さあ??....」

「えぇ~....」

「あははは」

「おほほほ」


 楽しい朝食が終わり、恵が宇来に今日の予定を聞いてきた。

「宇来ちゃん、今日の予定って何かあるの?」


 宇来が即答する。

「はい。 今日はショッピングモールに行って、あと足りないものを買い足そうと思っているんです」

「あ、ソレなら丁度いいねお母さん」

「そうね」

「何ですか?」

「私達も今日はモールに行くのよ、だから、宇来ちゃんも一緒に来なさい、車だから、そこそこの物も積めるから」

「え、良いんですか?」

「遠慮しないでね」

「じゃあ、お願いします。やった~」

「うふふふ」


 楽しい一日になりそうだ。




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