彼女が読めなかった本

 「これで終わりだ、これでこんな世界とおさらばだ」


 今日は風が強く床に置きっぱの朝読用の本が激しく音を立てている。


 「飛ぶの?」


 突然後ろから人の声がし慌てて振り返った。


 「だ、誰ですか?!」


 「ん? 私? 三年の一川 美月だよ? 君は? あ〜一年生?」


 屋上の床きれいにそろえて並べている僕の靴を見てそう言いった。


「一年の加藤 間広です、なんなんですかあなた!」


「私が答える前に君が答えてよ、本気で飛ぶ気?」


 人が来たせいで飛ぶ決心が揺らいだところに鋭い質問がきてしまい動揺してしまった。


「と、飛びます! もううんざりなんですよこんな世界」


 久しぶりに自分に向けられた笑顔のせいか、つい全て吐き出してしまった。


「あんまりしなくてもいいと思うけどな〜? だって君が言う世界ってのは君を囲うちっぽけな世界のことでしょ? まだまだ世界は広いよ〜」


 いったいこの人は何を知っているのか? でもここで揺らぐわけにわいかない。


「それでも嫌なんです、このまま生きるのが辛いんです! 先生もクラスも家族ももうみんな嫌なんです! だからもう死にたいんです!」


 「死にたい......かーそうだよね、もう全部嫌だよね?」


 一瞬彼女の目の光が消えたような気がしたが、すぐに笑顔に戻った。


「だいち先輩はなんでこんなとこにいるんですか? もう朝読の時間でしょ?」


「それは君も一緒じゃない? よいっしょ! あれ? これ白鯨? 私も買ったよ! 君難しい本よむんだね?」


 彼女は軽やかに降りると僕が持ってきた本を手に取って嬉しそうに微笑んだ。


「た、確かにそうですけどもう戻りませんから」


「戻らない......か、そんなに死にたいんだ......」


 彼女はまた暗い顔をして俯いた。


「死ってね、そんなにいいもんじゃないよ?」


 彼女は天を見つめ悟ったように言った。


「先輩はいったいなんなんですか?」


「私? ヒミツ!」


 途端彼女はさっきまでの笑顔に戻り言った。


「とにかく僕はもう行くので先輩早く出てってください!」


「ダーメ! 貴方にはまだ行かせません!私が許すまでダメです!」


 なんなんだこの人、面倒だもう早く終わらせたいのに、早くしないと誰か来てしまうかもしれない。


「許すって何をすれば?」


「私を納得させなさい! 貴方が死ぬことを私が止めないように説得してみせて?」


 全く無茶なことを言うものだ、僕は別に口が上手ではないし、むしろ下手なのに納得させろなんて。


「無理ですよ......」


「無理か......じゃあ逆に私が貴方を納得させてあげるよ!」


「は、はぁ?」


「う〜んとね?そうだな?あ! 君好きな子いる?」


 突然の意味不明な質問に動揺してしまった。


「い、いませんよ、いたらこんなに嫌になってないでしょ......」


「ふふ、そっか! じゃぁ? 何が嫌? なんで死にたい?」


「いじめ......いじめられてるんです、親からも学校からも!」


「いじめか......全部やめちょおうよ!」


「な、何言ってるんですかやめられるわけないでしょ!」


「そうかな? お姉さんやめ方知ってるよ?」


「え?」


「学校なんて転校すればいいし家族は保護して貰えば案外なんとかなるよ?」


「そんなこと......」


「ここじゃないどこかでまた始めてみれば?もう終わりだ! ってなっても人生って案外どうにでもなるものみたいだよ?」


「そんなこと言ったってできるわけ......」


「じゃあ! それするより死を選ぶの? 死んだら全部終わりだよ? もう好きなもの食べられないし、恋人だってできずじまいだよ! それにね? 君にとっての当たり前が全部なくなるんだよ、それって君が思ってるより辛いことなんだよ?」


「僕にできますかね?」


「できるできる! 死ぬより辛いことはないんだから! なんだってできるよ!」


「僕やめます!」


「うん、よかった、もう出ようか」


 それから二人で校門の前まで来ていた。


「ねぇ? これからも辛いことたくさんあると思うけど死なないでね? 若いうちに死んだら私許さないからね?」


「はい」


「それじゃね、今度会った時までの宿題! 白鯨の感想教えてよ!」


「え?」


「じゃあね、バイバイ!」


 彼女は強く僕の背中を押した、振り返るとそこに彼女はもういなかった。


 いったいなんなのか? 今までの記憶を整理していると...全てがつながった。彼女の言葉、なぜあんなとこにいたのか、全て分かった、僕は天に向かって手を伸ばし。


「だいぶ先かもしれないですけど白鯨の感想伝えに行きますね先輩」


 額に垂れる水滴を脱ぐた後僕はもう振り返らないと決心して新たなる第一歩を踏み出した。

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