エピローグ 10年後の壺職人
壺職人の朝は早い。
「パパ、しね」
きっちり正午に、俺は娘の火炎放射で目を覚ました。
「フレア、お父さんに火は効かないって何度言った分かるんだ?」
「うるさい。しね」
口を開けば二言目には『しね』だの『ころす』だの、物騒だなぁ。
親の顔が見てみたいものである。まぁ、俺なんだけど。
「がぶー」
「噛むな。まったく……10歳なのに、甘えん坊だな」
甘噛みして構ってほしそうにしていたので、俺は彼女を抱き上げた。
生まれた時から10歳くらいの容姿だったが、10年経ってもまだそのままの容姿である。本当に不思議な子だけど、今では普通に娘として受け入れているから、人の慣れというのは恐ろしい。
「パパと一緒にお仕事するか?」
「しねー」
「分かった。大人しくしてろよ」
今度は首元を甘噛みしてきたので、そのまま放置して俺は立ち上がった。
生まれてからずっとこの子には噛まれっぱなしである。母親は噛まないが、俺だけに執拗に噛むのだ。それがこの子の感情表現だと思って、俺は諦めている。
フレアのせいで全身が歯型だらけだ。なんだかマーキングされている気がしてならないけど、まぁいいや。
さて、仕事の時間である。
「今日、作る壺は……『熟練剣士の壺』か」
寝起き早々、俺は仕事をこなすのが日課になっていた。
勇者王から送られてきた依頼書を確認した後、魔法でそれっぽい壺を作成してみる。理論は相変わらず分からんけど、適当に念じたら巧みに剣術を操る壺ができた。後はこれを送ればいいだけである。
よし、本日の仕事とは終わりだ!
「チョロい仕事だなぁ」
おっと。うっかり本音が。
何せ、たったこれだけで俺は貴族並みの賃金を勇者王からもらっているのである。おかげで生活は安泰だった。
まぁ、俺の作った壺は何回か人類を守ったりしているらしいので、決してぼったくりではない……はず。人間界がより安全になったのも、俺の壺のおかげとか勇者王が言っていた。だからたくさんお金を払ってくれているらしい。
たかが壺職人の壺にそんな力はないと思うのだが、もらえるものはもらっておく主義だ。ありがたくお金はもらっていた。
そのおかげで妻と娘を不自由なく食べさせてあげられているしな。
「だーりん、フレア、ごはんだよー」
と、仕事を終えたところで、妻から声がかかる。
リビングに顔を出すと、元女勇者がテーブルに食事を並べていた。
「フレア、またパパを甘噛みしてるの? ほどほどにしてあげてね」
「ママ、わかったー」
娘は母親の言うことにはとても素直である。
俺の体をガジガジ噛んでいたフレアは、あっさり俺から離れて大好きなママの隣に行った。
「いい子だわ。よしよし」
女勇者はもフレアのことをめちゃくちゃ可愛がっている。
……まさかこいつが、こんなに子供思いだとは思わなかった。10年前はダイヤモンドでコーティングされたうんこだと思っていたが、こいつは質のいいうんこだったらしい。
というか、この10年で最も評価が変わったのが、悔しいことにこいつである。
出会った当初は頭がおかしいと思っていたが、子供ができてから人格が激変した。親としての自覚がここまで人を変えるのかと驚愕したものである。
おかげで、俺は彼女に文句が言えなくなった。尻に敷かれているともいえる。
結婚当初は、どうせすぐに離婚すると思っていたのだが……思いのほか、上手くやれていた。いや、上手くやれていると言うか、妻としての彼女に文句が一切なかった。
どうやら俺たちは相性が良かったらしい。
お互いのクズめいた思考もそうだし……あと、あれだ。体の相性も抜群だった。そのせいで俺たちは離れられなくなってしまった。
「だーりん、冷めちゃうわよ? ご飯も一人で満足に食べられないなんて、どれだけ無能なの? あたしが『あーん』してあげよっか?」
「……いや、大丈夫。ってか、だーりんって呼び方やめろよ。気持ち悪いんだけど」
「あんたもハニーっていえば良いじゃない。ラブラブなんだから」
「お前とラブラブってことがなんか釈然としない」
とかなんとか、いつものようにぶーぶー言い合いながらも、俺たちは上手くやれていた。
なし崩し的に結婚したけど、なかなか悪くない毎日を送っていたのだ。
壺職人になって、結婚して、10年が経って……ふと気づくと、俺はなかなか平穏な毎日が遅れていた。
これはもしかしたら『幸せ』というやつなのかもしれない――
【完】
お読みくださりありがとうございます!
さて、壺職人のお話、いかがでしたでしょうか。作者としては、満足いく物語に仕上がりました。やりたいことも全部できて、書いていて楽しかったです。
読者様に、少しでも「楽しい」と思っていただけていたら、幸いでございます。
あと後日談が3つあるので、それを投稿して終わりです。本当に、本当に、ありがとうございました!
八神鏡
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