第七十五話 もう後戻りできない(泣)

 勇者王と壺職人の対決は、壺職人――つまり俺の勝利で終わった。


「いやー、参りました。自分では君に勝つビジョンが見えませんね。降参です」


 頬をかきながら彼は柔和な笑顔を浮かべている。

 対して、俺は少し不満だった。


「……お前、本当に全力を出したのか? そうは感じなかったんだけど」


 確かに、勇者王は真剣だった。

 手加減はしていないだろうし、本気だったように感じる。


 ただ、余力を感じた。

 何か、隠されている力があるような気がしてならない。


 そんな俺の疑念に対して、勇者王は飄々と肩をすくめた。


「全力でしたよ。だからこそ、君に勝つビジョンは一切見えません……ただ、負けるビジョンも見えないですが。自分が死力を尽くせば、相打ちにはできるかもしれませんね。でも、そんな勿体ないことしませんよ。自分がいなくなったら人間界が滅びますし、こんなくだらないことで君という貴重な人材を失うわけにもいきませんから……まぁ、負け惜しみです」


 勇者王の言葉に、俺は苦笑してしまった。

 負け惜しみには一切聞こえないし、たぶん死ぬ気で戦ったら相打ちになると思う。


 勇者王と俺は、潜り抜けた死線の数も、覚悟の差も違うのだから。


「なんか、勝たせてあげられた感じがして納得いかないけど……まぁ、いいや」


 ともあれ、勇者王も満足したみたいである。

 ここで俺は、ようやく本題に入った。


「もちろん、俺の死刑は取り消してくれるんだよな?」


 その問いに、勇者王はしっかりと頷いてくれた。


「ええ。君の死刑判決は取り消しましょう。罪人になった、という経歴も併せて削除しておきます。勇者王の名に懸けて、君の安全と潔白を約束しましょう」


 俺が最も求めていた言葉。

 それを聞いて、ようやく肩から力が抜けた。


「ふぅ、良かった……」


 とんでもない事態に巻き込まれたけど、無事に解決できた。

 逮捕されただけでなく、死刑になった時はどうなることかと不安だったが……終わりよければすべてよし。田舎に帰って、のんびり暮らそう。


 そう考えていたところで、勇者王が俺にある提案をしてきた。


「それはそうと、君……勇者になる気はありませんか? なんなら『勇者王』の称号もあげますから、自分と一緒に人間界を守護してみません?」


 とんでもない提案に、俺はもちろん首を横に振った。


「いやいやいや! 俺はしがない壺職人だから、勇者なんて身が重い。あと、めんどくさい」


 身が重いというのは建前で、めんどくさいが本音だった。


「やっぱりそうですか。君ならそう言うと思ってました」


 しかし勇者王は断られたというのに気分を害していない。

 俺の答えを予測していたのだろう。ダメ元の提案だったみたいだ。


「では、壺職人の君に商談を持ちかけることにしましょう。今後、自分が壺の作成を依頼することがあると思います。魔法を放てる壺、自律駆動する壺、鎧となる壺……それらを売ってもらうことは可能ですか? 報酬は弾みますけど」


 恐らく、こっちが本命の提案なのだろう。

 こちらは断る理由のない魅力的な提案である。俺は喜んで頷いた。


「こちらこそよろしく! やったぜ、クソババアからお小遣いもらえなくなったから、お金をどうしようかと思ってたんだよ」


 できれば親のすねをかじって生きていきたかったが、仕方ない。これからは自立するとしよう。


「今後とも、よろしくお願いします」


「うふふ。主人共々、よろしくお願いしますわ」


 と、ある程度の本題が終わったところで、今まで黙っていた女勇者がいきなり存在感を主張してきた。


「おい、主人って誰のことだ?」


「あらあら、あんたのことに決まってるじゃない。あたしたち、結婚するでしょ? 良かった、主人が勇者王ともあろうお方の商売相手になるなんて……将来安泰だわ♪」


 そう言ってしなだれかかってくる女勇者。

 こいつは墓場まで俺に寄生しようとしているのだろう。恐ろしいにも程があった。


「なぁ、マジで結婚するのか? 俺、嫌だ……お前は荷が重すぎる。か、金なら払う! どうか、俺よりもっとイケメンで優しくて人間ができてる男と結婚してくれよっ。あ、勇者王なんてどうだ? この人、めちゃくちゃいい人だぞ!?」


「こらこら、自分を売らないでくださいよ……」


 どうにかして結婚は回避したかった。

 だが、女勇者は俺を見逃してくれなかった。


「勇者王様じゃ物足りないわよ。こんな純粋にいい人と気婚したら、あたしまで真人間になりそうじゃない。そんなの無理」


「なんで自分が振られてるんですか? 告白もしてないのに……」


 勇者王が哀愁を漂わせているが、それはさておき。


 どうやら、女勇者はマジなようだった。

 本気で俺と『結婚』しようとしているらしかった。


「い、嫌だ! 確かにお前は顔が可愛いよ? 体も上物だと思うよ? 外見は文句ないよ? お前の顔と体は好みだよ? だけどさ、性格がダメなんだよ! 絶対に嫌だ!」


「あたしだって、欲を言えばもっとイケメンがいいわよ! でもね、不思議とあんたの隣にいると落ち着くの。たぶん、似た者同士だから相性がいいんじゃないかしら……性格は嫌いじゃないし、妥協してあげることにしたのよ」


「妥協すんな! お前ならもっと上を目指せるっ」


「ってか、子供まで作っておいて逃がさないわよ! こうなったら、全力で幸せな家庭を作ってやるわよ……見てなさい、ブサイク野郎! あんたは将来、あたしに感謝してるはずだからっ」


「そいつは俺の子供じゃないのに!?」


 ダメだ。もう何を言っても無駄だ。

 もう俺は逃げるしかない。そう思って、すぐにこの場を離れようとしたのだが……


「あんたの子よ。じゃないと、あたしにも身に覚えがない……って、痛い。お腹が、痛い……まさかこれ、陣痛!? ちょっと、ヤバいわ。産まれるかも」


 不意に、女勇者が苦しそうに倒れこんできた。

 反射的に受け止めてしまって、俺は身動きができなくなった。


「はぁ!? 生まれるってなんだよ。そんなわけないだろ……妊娠して一ヵ月も経ってないだろ!」


 ツッコミが追い付かない。いくらなんでも出産はない。嘘をつくならもっとまともな嘘をつけよ、と。

 この時は、そう思っていたのに。


「っ……あ、産まれた」


 突如、女勇者が浮かべていた苦悶の表情が和らいだ。

 やけにスッキリした顔で、彼女はニッコリと笑う。


 直後……足元に、小さな少女が現れた。


「――――おぎゃー?」


 赤い。

 赤髪、赤眼の、深紅の少女。

 俺にも似ていない。ましてや、女勇者にも似ていない。というか、赤ちゃんですらない。10歳くらいの女の子だった。


 しかし、この子は女勇者が生んだ俺の子供だと……本能が、何故かそう言っている。


「あの……おぎゃー?」


「なんで産声が疑問形なんだよ」


「……うるさい、ころす」


「なんで初めての会話に殺意が紛れてるんだよ」


 なんだこいつ。

 心の底から、この子の意味が分からなかった。


 一方、勇者王は深紅の少女を見て眼鏡をずり落としていた。


「え? なんですか、これ……壺職人くんの魔力と、女勇者くんの魔力と……炎属性の龍? それらが混ざり合ってるんですけど……龍はちょっとよく分かりませんが、その子はどうやら君たちの子供みたいですね」


 なんていうことだろう。

 勇者王のお墨付きをもらってしまった、だと!?


「か、可愛い……何、この子!? 可愛い! やだ、これが母性本能!? うっわ、大切にするね。幸せにするからね。未熟なママだけど、よろしくね」


 それから、女勇者に母性が芽生えていた。なんだよこの状況……もうめちゃくちゃだよ(泣)


「ママっ。えへへ」


 深紅の少女は、女勇者に対しては甘えるように可愛い笑顔を浮かべていた。俺に対しては殺意交じりだったのに……!


「にひひ~。新しいお家はどこに建てようかしら、だーりん? 娘も遊べるくらいの広いお家にしましょう?」


「ちょっと待って。色々おかしい。そもそも、子作りしてないのに子供が産まれたんだぞ? しかも妊娠一ヵ月未満で出産だぞ? そして出産して出てきたのが10歳の少女だぞ? なんかおかしくないか!?」


「小さいことは気にしないでいいじゃない。ねー? 名前は何がいいかな」


「ママっ。フレアがいい」


「わかった! フレアにするわねっ」


「いやいやいや。自分で名づける子供がいるかよ……」


「パパ、ころす」


「俺に対してなんで殺意をむき出しにするんだよっ。って、噛むな。普通に痛いから!」


 噛みつく娘?を引き剥がそうと試みるも、しぶとく食いついて離れない。

 その姿は、なんとなくかつて戦った『炎龍』を連想させた。


「良かったじゃないですか、幸せな家庭を築いてください」


 勇者王が微笑ましそうに俺たちを見て祝福の言葉を送ってくる。

 それに対して、俺は泣きべそをかきながら首を振ることしかできなかった……。


「うぅ、嫌なのに……嫌なのにっ。外堀が、埋まってるぅ」


 もう後戻りできない。


 不思議と、フレアが他人と思えない。なんというか、自分の子供だから、守ってあげないといけないという使命感に駆られてしまうのだ。


 だから俺は、女勇者から逃れることができなかった――





 かくして、壺職人は女勇者と結婚することになる。

 どうしてこうなったんだよぉ(泣)

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