第七十四話 勇者様、うちの壺は割れますか!?

 戦いは続く。


「なぁ、その手に持ってる剣は飾りか?」


 今まで、勇者王は俺を素手でしか殴っていない。それが少し不満だった。


「本気出してもいいぞ? 楽しみたいんだったら、遠慮するなよ」


 手をくいくいっと動かしながら挑発してみると、勇者王はニヤリと笑った


「君こそ、攻撃してきてもいいですよ?」


「いや、一瞬で倒したら可哀想かなって思ったんだけど」


「ほう? お気遣い、感謝です。しかしそろそろ、手の内の探り合いはほどほどにしておきましょうか……お互いに、ね」


 そしてようやく、勇者王は剣を構える。

 見た目は何の変哲もない剣だ。素材はオリハルコンみたいだが、女勇者の剣とグレードは然程変わらない。かといって女勇者とは実力が雲泥の差だった。


 彼女と勇者王の違いは、『技量』である。


「ふぅ」


 軽く息を突いて、勇者王は前に踏み出す。

 また視認できない速度で近づいてくる! そう感じた俺は、宙に浮いている100以上の『魔法の壺キャノン』を一斉射撃した。


「撃てー!」


 けたたましい発射音が鳴り響く

 炎が、風が、水が、氷が、土が、雷が、毒が、光が、闇が、魔法の属性が色とりどりの光となって勇者王へと放たれた。


 常人なら、まず回避不可能な砲撃の弾幕。

 それを前に、勇者王は動きを止めて。


「ふっ」


 一閃。ただ、剣を振るう。

 それは、彼にとっての迎撃だった。


「おお!?」


 驚愕する。勇者王は、ただ剣を振っただけで、魔法の壺キャノンから放たれた砲撃を全て薙ぎ払ったのだ。


「驚いている暇はありませんよ?」


 直後、勇者王は既に目の前にいた。

 もう俺は勇者王の射程内にいる。回避する時間は、もちろんない。


「はっ!!」


 剣身が閃く。

 鈍い輝きを残滓のように残しながら、俺の胴から腹部に向けて袈裟斬りされた。


 ――ガギィイイイイイン!!


 壺と剣がぶつかった衝撃は尋常ではなかった。

 あまりの威力に衝撃波が広がり、地面がめくれるほどである。


 だが……やはり、壺鎧は『無傷』だった。


「なっ!?」


 勇者王も結構な本気を出したのだろう。

 だというのに、無傷の壺鎧を見て、びっくりしていた。


 そんな彼に、俺は笑い声をあげる。


「フハハ! やっぱり俺の壺は硬い! 勇者王さんよぉ、そろそろ全力を出せよ。魔法とか技とか使って、楽しんでもいいんだぞ?」


「……自分は、技名や魔法名を唱える隙が嫌いでして、全て無詠唱ですよ。だから、自分の攻撃は全て、魔法であり、技なんです。いやはや、今のはちょっと……信じられない。九割の力を出したのですが」


 眼鏡の位置を直しながら、勇者王は表情を変えた。

 今までの好戦的な笑みではない。真剣な顔つきになり、集中力を研ぎ澄ませるように無表情となる。

 ここからが、勇者王の『全力』だと、直観した。


「じゃ、じゃあ俺も、全力で!」


 負けじと、俺も攻撃を繰り出そうと試みる。

 が、そこで俺は気付いてしまった。


「つ、壺鎧が邪魔で、動きにくい……だと?」


 殴るために拳を引いたのだが、壺鎧のせいで可動域が狭くなっていた。

 形状的に、俺は自由に動けなさそうである。


「バカ? ねぇ、バカなの? 頭は大丈夫? 攻撃できない鎧とか、頭悪いとしか言えないわよっ。プギャー(笑)」


 女勇者は後ろで大爆笑していた。

 やっぱりこいつは嫌いである。


(この戦いが終わったら、もう逃げよう。こいつのことなんて気にせず、地元も離れて、遠くの田舎でのんびり過ごそう。親のすねはかじれなくなるけど……もう、こいつから逃げないと、ダメだ!)


 そんなことを決意しつつ、再び戦いに集中する。

 まぁ、仕方ない。攻撃できないのは残念だが、切り替えていこう。


「攻撃ができなくても……攻撃が通じなければ負けないんだよ!」


 強がりの言葉を口にしながら、俺は勇者王に声をかける。


「ほら、来いよ! 遠慮せずに、楽しめよ! 今だけは立場を忘れて、この戦闘にだけ集中しろよっ」


 今の俺に出来るのは、勇者王の攻撃を耐えるだけだ。


「――それでは、遠慮なく。殺すつもりで、いかせてもらいます」


 そして、勇者王も全力を出す。

 次いで、襲い掛かってきたのは、目に見えない斬撃の嵐だった。


(っ!?)


 凄まじい音と衝撃が俺を襲う。

 壺鎧のせいで動きが鈍い俺は、勇者王の攻撃に対して回避もできず、踏ん張ることしかできない。


 壺鎧が砕けたら死ぬ。それほどの攻撃が百以上、一気に放たれた。

 だが、やっぱり――俺の壺は、無傷だった。


「フハハ……フハハハハ!」


 俺は勇者王の攻撃を浴びながら、高らかに笑う。

 それから俺は、十年前からずっと言いたかったセリフを、口にするのだった。





「勇者様、うちの壺は割れますか!?」





 かつて、俺の家の壺を割った時から、言ってみたかったセリフ。

 それを発した直後、勇者王は剣を鞘に納めて……ゆっくりと、頭を下げながらこう言うのだった。



「参りました。自分では、君に及ばない」



 ………そうして、戦いが終わる。

 勇者王と壺職人の対決は、壺職人である俺の勝利で幕を閉じるのだった――

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