第七十二話 VS勇者王
「ふぅ……戦闘にわくわくするなんて、一体いつぶりでしょうか」
柔和な笑顔を浮かべながら、勇者王は軽やかに剣を振る。
無造作に薙ぎ払われた剣は、俺が建造した『壺要塞』をいとも簡単に両断した。
「ああああ!? 俺の『壺要塞』が!?」
亀裂から崩れていく壺要塞を見て、俺は泣きそうになっていた。
が、頑張って作ったのに……(泣)
「ひぃぃっ。やっぱりあの人、バケモノよ! あんたと同じ感じがするっ」
女勇者は崩れる壺の瓦礫に巻き込まれないよう、俺の背中にしがみつきながらぎゃーぎゃー喚いていた。うるさい。
「悔しいですか? 壺職人さん、君の壺はこの程度なんですか?」
安っぽい挑発である。あからさまな煽りだが、壺職人としてのプライドがスルーすることを許さなかった。
「……お前を楽しませたら、死刑判決も撤回してくれるんだな?」
「ええ。勇者王の名にかけて、君の無事を保証しましょう」
「上等だ。遊んでやるよ」
ようやく、やる気が出た。
俺も男の子。血沸き、心躍るような戦いを望んでいなかったと言えば、それは嘘になる。
なぜか知らないが、俺はあらゆる敵に対して圧勝してしまっていた。
でも、勇者王は、今までの敵とは明らかに違う。そう直観が告げている。
(こいつがいたから、人間界は平和だったのか……)
ふと、思った。
破壊の魔王は人間を憎んでいたみたいだが、人間界を侵略できなかった。
それはきっと、勇者王がいたからだろう。
炎龍が人間に目を付けていれば、人間界はとっくに滅んでいただろう。
でも、勇者王なら、たとえ炎龍クラスの魔物が襲ってきたとしても、返り討ちにしていたかもしれない。
そして、私欲にまみれた炎王が勇者をやっており、金で裏切る腐った人間が騎士団を構成し、嫉妬で一般人を逮捕するような人間が王族だというのに、それでもなお人間が健在なのは……勇者王が、全てを抑制しているから。
そう思えてしまうほどに、目の前の人物は異常で、頼もしさを感じた。
彼を見ていると、忘れていた幼き頃の高揚感が蘇ってくる。
「……実はさ、俺は前に一度だけお前に会ったことがあるんだ。もう10年くらい前の話なんだけど、俺の家の壺を割ったこと、今でも覚えてる」
「ほう? なるほど……10年前と言えば、自分が新米の頃ですね。あの時期は尖っていたので、人間界を巡って壺を割りまくってたなぁ」
どんな尖り方だよ……まぁ、勇者とは壺を割らずにいられないということか。
「あの時に、俺は壺職人になると決意したんだ」
俺の人生を変えた存在。
それが勇者王だ。10年越しの邂逅に、俺は武者震いを抑えられなかった。
「お前でも割れない壺を作るために、血を吐くような修行を繰り返した」
魔法を覚えた。
剣も覚えた。
魔王も倒した。
炎龍も倒した。
全ては『勇者』にも割れない壺を作るために。
「いいぞー! やっちゃえ! あの眼鏡を叩き割りなさい!」
「……君は相変わらず、自分のこと苦手みたいですね。本質的に相容れないのかなぁ」
女勇者の野次がうるさいが、それはさておき。
「壺職人を極めた俺の力、見せてやろう」
俺以上の壺職人はこの世にいない。
あらゆる試練を乗り越えたので、その自負があった。
「吠え面かくなよ?」
そう言葉を返すと、勇者王はより愉快そうに笑ってくれた。
「自分を前に、そんな余裕の言葉を吐ける存在は初めてです。大抵の存在は、自分の力に身構えちゃいますからね……どこまで戦えるか、期待してます」
お互いに笑いながら、俺たちは向かい合う。
勇者王VS壺職人。
因縁の対決が、始まった――
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