第七十一話 壺職人と勇者王
(い、今までの敵と違うから、やりづらい……)
女勇者に始まり、破壊の魔王、炎龍、炎王様……全てクズ野郎が相手だったので、こちらも容赦なくクズになれた。
でも、勇者王はいい人そうだ。
物腰も柔らかく、表情も温和だ。その上、女勇者からは感じられない聖人オーラがこれでもかというくらいに醸し出されている。
この人を前にしていると、自分の汚さが浮き彫りになっているかのような錯覚を受けてしまう。
「ぐぇぇ……相変わらず、浄化されちゃいそう」
隣では女勇者が苦悶の声をあげていた。人間の穢れを凝固した存在といっても過言ではないので、勇者王のいい人オーラが眩しいらしい。
「君も、久しぶりですね。元気でしたか? 妊娠もされたそうで、元上司としてはおめでたい限りです」
「へい、そうっすね……」
珍しく女勇者はやりにくそうだった。いつもなら相手を出し抜くために猫をかぶるだろうが、恐らく勇者王には全て見抜かれてしまうので、どんな態度を取っていいか分からないのかもしれない。
「ね、ねぇ……あたし、あの人のこと苦手なのよ。あんまり会話したくないから、あんたが喋って」
やっぱり勇者王のことが苦手みたいで、耳元で何やら囁いてきた。
「なんでだよ。いい人そうだし、苦手に覚える必要はないと思うぞ」
「は? あんたは知らないの? 暗闇はね、光が強ければ強いほど暗くなるのよ。だからあたしはあんな眩しい人の隣にいたくないわ。あなたみたいに薄暗い人間がまだマシよ」
薄暗いって言うな。
まぁ、否定はできないけど。
「……驚いた。彼女がこんなに誰かに懐くなんて、びっくりです」
勇者王は俺と女勇者が内緒話をしているところを見て、興味深そうに目を細めていた。
「自分に対してはずっと他人行儀で、上司だった頃はついぞ一度として心を開いてくれなかったのですが……あなたとはよっぽど相性がいいのですね」
「「良くない!!」」
俺と女勇者は声を揃えて否定する。
そんなところも仲良しに見えてしまったのか……勇者王はクスクスと笑っていた。
「何にせよ、部下が楽しそうで良かったです。いやぁ、君と出会えたことは本当に幸運だなぁ……あ、死刑にされた君は不幸だったかもしれませんけど」
何がそんなに楽しいのだろう。勇者王はニコニコとしながら俺を見ていた。
「自分は、少しだけ人を見る目には自信がありましてね……この眼鏡にかなう人物は、例外なくみんなが優秀でした。彼女もその一人ですし、君の母親さんもそうです」
女勇者のこと、優秀って言うのやめてくれないかな。
隣でドヤ顔を向けてくるからうざいのだが、それはさておき。
「そして、君も……『優秀』だと、自分の眼鏡が囁いています。そんな人材を死刑にするなんてもったいないとは思いませんか? 自分なら……勇者王なら、死刑判決を無効にできる権限があります」
勇者王は、ここで俺が求めている言葉を発してくれた。
そうだ、俺は死刑判決を撤回させるために、こうやって壺要塞を作って嫌がらせをしている。
だから、勇者王の権限を使って、死刑は無効にしてほしかった。
「無効にしてくれるのか!?」
期待を込めて問う。
しかし勇者王は、ニコニコと笑いながらゆっくりと首を横に振った。
「その意思はあります。しかしながら……ただでそうするのは、些か勿体ない。せっかく君のような優秀な壺職人と出会えたのですよ?」
そう言って、勇者王は――今日初めて、腰元の剣に手をかけた。
「勝負をしましょうか、壺職人さん」
刹那――こちらが圧倒されるほどの覇気が、彼から放たれる。
思わず身震いしてしまうようなオーラだった。
「自分を楽しませることができたら、死刑は撤回しましょう」
「な、なんで!? 戦う意味なんてないだろっ」
「ありますよ。自分は勇者で、君は壺職人……勇者が壺を割るのは、最早『宿業』。我々は壺を割らずにはいられない生物なのです」
故に、勇者王は剣を抜く。
「さぁ、戦いましょうか。壺職人さん……自分にも割れない壺との出会いを願います。どうか、失望させないように」
柔和な笑顔は崩れない。
しかし、その壺に対する狂気を目の当たりにして、俺はこう思った。
「お前もやっぱり勇者だな!」
意味不明な壺への執着。
それがまさしく、彼が『勇者』である証明だった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます