第七十話 壺職人の回想

 もともと俺はごくごく普通の子供だった。

 剣も魔法もできず、壺職人でもない、どこの家庭にでもいるような、ありふれた存在の一人だった。


 しかし、彼が我が家に来て壺を割ってから、俺の人生は変わった。


 まず、今まで頑張って働いていた父が、割れた壺で怪我をして働けなくなった。傷口からばい菌が入って病気になったのである。


 母はあの時のことを振り返って、こんなことを言っていた。


「旦那は私と結婚することだけに全ての才能を注いだ人だからね……もし私と結婚してなかったら、今頃勇者の一人にでもなってたんじゃねぇか? ま、抜け殻の状態でも、私とてめぇのために頑張って働いてきたんだからな? 動けなくなったのなら、今度は私が支えてやらねぇと」


 あらゆる神から愛された母を神から略奪する時、父は人生でたった一度だけしか出せない本気を出したようだ。そのせいで何をするにもパッとしなかったし、働いている時も一般家庭くらいの給料だったらしいので、裕福とはいえない生活をしていた。


 そんな生活が、勇者の到来を機に激変した。

 今まで父に養われてあげていた母が本気を出したことにより、家が一気に金持ちになった。

 父は立派なヒモニートになり、働く母をしっかり支えてあげることを決めた。


 そして俺は、人生が一気にイージーモードになって暇を持て余すようになった……。


 母が生きている間は小遣いをもらえたら、それだけで楽に生活できる。

 母がくたばったらその遺産で死ぬまで楽に生活できる。


 だから俺は学校に行かなかった。いや、まぁ……俺は人よりちょっと物覚えが良かったみたいで、ちょっと勉強したら学校で学べることを全て習得できたので、行く必要がなかったというのが適切か。赤子の頃はまったく普通だったらしいけど、幼少期にその頭角が見え始めたようだ。


 母にも学校に行かなくていいという許可はもらっていた。


「てめぇはあたしのおかげで神様から色んな才能をもらってるな……勇者が来た時に開花したのかね。良かったじゃねぇか」


 あらゆる神様の寵愛を受けている母。宿した子である俺は、色々な神の祝福を受けたとかなんとか。

 まぁ、自分のことを特別な人間とは感じないが、とにかくいろいろな理由があって俺は一般的な子供ではなくなったというわけだ。


 勇者王のせいで俺の人生は激変した。

 将来に不安がなくなり、能力が向上し、時間にたくさんの余裕ができるようになった。


 ……こうして考えてみて、思うことがある。


(あれ? 勇者王って、いい人じゃね?)


 この人が俺の家の壺を割ったおかげで、俺は人生が楽できるようになったのだ。

 今までも別に恨みを抱いていたというわけではないが……こうやって冷静に過去を振り返ると、勇者王に対して悪いイメージがないことに気付く。


 彼に見た目も、悪い印象がない。

 スーツ、眼鏡、七三分け、細身、平均的な身長、温和な顔……なんというか、近所の優しいお兄ちゃんにしか見えない。


 その上、勇者王は性格が良かった。


「初めまして、自分は勇者王と呼ばれる者です。あなたの名前は?」


 決戦の間にやってきた勇者王に自己紹介されたので、俺からも自己紹介しておく。


「俺は死刑囚の壺職人だ」


「あ、そのことに関してなのですが、このたびは申し訳ありません。うちの王族や騎士団は腐ってましてね……自分が留守の間に、また散々なことをしてくれたものです。ご迷惑をおかけしました」


 出会って早々、勇者王はぺこりと頭を下げる。

 人間界でもトップクラスの権力者だというのに、その物腰は柔らかくて、俺は困惑してしまった――

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