第六十九話 再会

「あ、誰か来たわよ」


 壺要塞の屋上でぼんやり王城を眺めていると、城門からこちらにまっすぐ歩いてくる人影を見つけた。

 ここからだと遠いので顔がよく見えないが、ほっそりとしたスーツ姿の優男である。


「……あれって、もしかして」


 女勇者には心当たりがあるのか、ジッと優男を眺めていた。

 騎士ではないように見えるけど……誰なんだろうか。


 ともあれ、優男はまず壺キャノンの洗礼を受けなければならない。

 それにどう対処するのか見ることで実力も把握できるはずだ。


「そろそろ雑魚は飽きたなぁ」


「……その心配はないわよ」


 女勇者がぽつりとつぶやくと同時。

 壺要塞の外壁に設けられている壺キャノンが、一斉に火を噴いた。


 ――ドカーン!


 安っぽい音だが威力はそこそこの砲撃だ。

 三ケタを超える騎士団を蹴散らした実績もある。それに対して、優男は……なんと『何も』しなかった。

「おお、すごっ」


 彼はただ悠々と歩いているようにしか見えない。回避行動も、防御も、反撃も一切しなかった。

 だというのに、優男は無傷だった。砲撃を一つも受けていないのだ。


 彼は砲撃の軌道を見極めている。無数に降り注ぐ砲撃だが、自分に当たらないようなルートを歩いているのだろう。最低限の動きでそれを行っているので、何もしていないように見えるのだ。


 もちろん壺キャノンは脅しでしかないので、実は殺傷能力はそこまで高くない。

 しかし、衝撃波によって吹っ飛ぶので、低レベルの者は動くことさえままならなかった。実際、騎士団は壺キャノンを前に何もできなかったくらいである。


 四騎士と呼ばれている奴らは突破できたが、彼らは砲撃の雨を受けながらも強引に突き抜けただけだった。明らかに、優男は今までの輩とレベルが違っていた。


「流石だわ」


 驚く俺とは対照的に、女勇者は当たり前と言わんばかりの態度をとっていた。

 彼女は優男が誰なのか分かっているみたいだ。


「あの人は誰だ? 今までの騎士とはレベルが違うけど」


「さっき言ったでしょ? 彼があの人なのよ……勇者の中で最も力を持っていて、腐った王族にも忠誠を誓う聖人で、人間が崩壊しないのは彼が頑張っているからと言われるくらいの存在……『勇者王』様よ」


「あれが、勇者王か!」


 言われて、改めて優男を見てみる。女勇者のせいで勇者の評判が俺の中で下落していたが、凄い逸話を持っている勇者王にはちょっとときめいた。


 これだよこれ! 勇者と言えば、やっぱりすごい人じゃないとダメだよなぁ。

 どうやら勇者王は一般的に『英雄』と呼称されるに相応しい人物みたいだ。


 顔がよく見えないのが残念である……彼は既に壺キャノンを突破しており、壺要塞の入口に到着していた。


 次に待ち受ける試練は100人の壺兵士と10人の壺将軍である。


「み、見に行くぞ! ようやく本当の勇者の戦いが見れるっ」


「……ねぇ、あたしも一応は本当の勇者なんだけど? あんたの中であたしは偽物になってるわけ?」


 ぶつくさ呟いている女勇者を引き連れて、壺要塞の中に戻る。

 要塞の一階部分は広間のようになっている。壁際に100人の壺兵士が控えており、奥に10人の壺将軍が佇んでいる、という構図だ。


 その更に奥に決戦の間がある。

 決戦の間の扉から、俺たちは勇者王の戦いぶりを眺めることにした。


「――強っ!」


 戦いは、一瞬だった。

 壺兵士と壺将軍は、簡単に説明すると『手足の生えている壺』だ。壺兵士は剣を振るい、壺将軍は魔法と剣を巧みに操る。


 一応、四騎士でさえかなわない戦力があった。

 だというのに、勇者王は……携えている武器すら抜かずに、素手で全ての壺兵士と壺将軍を破壊したのだ。


 その身のこなしは、常人ではない。

 武術の達人……いや、違う。勇者王は『戦闘の達人』のように見えた。素人には何をやってるのか分からないくらいの洗練された動きだったのだ。


 そんな彼は、壺兵士と壺将軍を倒した後……こちらに向かって歩んできた。

 決戦の間にいた俺たちに近づいてくる勇者王。


 徐々にその顔も視認できるようになって……俺は、気付いた。


「――――あ」


 その顔には、見覚えがあった。

 忘れもしない、幼い頃……俺が壺職人になる前に、俺は彼と出会っている。


「あの時の、勇者だ」


 そう。彼は、俺が壺職人になったきっかけである『勇者』だった。

 俺たちの家に突然やって来て、壺を壊したあの勇者と、俺は再会したのである――

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