第六十八話 勇者王ご登場

 ――何やら騒がしい。

 王城にある一室で旅の疲れを癒していた彼は、騒々しい気配を察してため息をついた。


「またトラブルですか……」


 温和そうな青年の顔に心労が浮かぶ。

 かけている眼鏡は彼の心境を現しているかのようにずり落ちていた。


 休みさえ休めない現状に苦笑する。

 しかし彼にトラブルを無視すると言う選択肢はない。部屋着から戦闘服に着替え、髪の毛もきっちり七三分けにセットする。


 これは彼の真剣スタイル。

 いわゆる『仕事モード』だった。


「……よし」


 準備を終えて、彼は私室を出る。

 外には既に部下が控えていた。


「手短にお願いします」


「はい。脱獄した死刑囚が城門前に要塞を建造して立てこもっております」


 彼は時間が惜しいと言わんばかりに颯爽と歩みを勧めながら、部下の報告を耳に入れる。


「当初は騎士団が対処しようとしましたが、返り討ちにあったそうで……我々に応援の要請がきました」


「脱獄犯の目的は? レジスタンス? 愉快犯? 殺人鬼? いずれにしても強敵そうですが」


「それが……『死刑を撤回せよ』と。返り討ちにあった騎士がそう言われたそうです」


「それだけですか?」


 怪訝そうに首を傾げる彼に、部下も困惑しながら報告を続ける。


「はい。『不当な裁判に納得がいかない。それまでここに居座ってやる! いいのか、こんなかっこいい壺が城門に前に合ったら邪魔になるぞ? どかしてほしければ謝罪して死刑を撤回せよ。そうしたら俺は田舎に帰る!』とのことです」


「……その裁判の記録を見せてください」


「どうぞ、こちらの議事録をご覧ください」


 優秀な部下に手渡された資料に目を通して、彼は再びため息をついた。


「なんですか、このふざけた裁判は……裁判長は首にしてください。弁護人には王城への出入り禁止を。騎士団には私の名を使って『潰されたくなかったら健全に動け』と脅してください」


「騎士団に関しては承知しました。しかし……裁判長と弁護人は既に街から出たようです。調べたところによると、ウェポン商会からかなりの賄賂があったようです」


「……ウェポン商会に関しては目をつぶりましょう。彼女を怒らせたら国が滅びますからね……裁判長と弁護人は、姿をくらませたなら仕方ないでしょう。一応、我々も処分したと言い訳できますから」


 淡々と問題を処理していく。

 部下の報告で状況をある程度把握した彼は、一つの解答を導き出した。


「死刑の判決は不当。そもそも、逮捕されたこと理由にも正当性があるかどうか……王族が指示したそうですね。彼らには私から注意しておきます」


「では、死刑は撤回して、脱獄犯は田舎に帰すので?」


 部下の問いかけに、ここで初めて彼は笑みを浮かべた。


「いえ……こんなに優秀な人材を逃すとでも? 一瞬であれほどの建造物を作る手腕、騎士団を一蹴する戦闘力、国を平気で敵に回す度胸と反骨精神……その少年には興味があります。一度、手合わせ願おうかと」

「……珍しい。あなたが、他人を評価するなんて」


 部下の驚いた顔に彼はより愉快そうに相好を崩した。


「この眼鏡にかなう人物は久しぶりですね……あの少女以来かなぁ。彼女、元気にしてますかね? 甘い物が大好きで、剣技に優れており、かなりしたたかで狡猾だったと記憶してますが」


「……お会いしたら分かるでしょう。あの要塞の中にいるのですから」


「報告書にもそう書かれてますね。妊娠もしているそうなのでお祝いの言葉も伝えましょうか」


「……本当に珍しいですね。機嫌が良いのですか?」


 部下からの驚きに、彼は苦笑しながら答える。


「まぁ、機嫌はいいですよ。だって、あそこには壺があるのですよ? しかも頑丈で堅固ときた……あれほど壊し甲斐のある壺はありません。自分はなんだかんだ勇者なので、やっぱり壺を割ることに関しては使命感を覚えますので」


 そこまで言ったところで、彼は王城の出口に到着した。

 部下は足を止めて、彼を見送る。


「良い報告を待っております……『勇者王』様」


「その呼び方はやめてくださいよ……では、行ってきます」


 そのふざけた称号に、彼は三度目のため息をつきながら出口を出ていくのだった――

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