第五十五話 この子の名前は何にする?
「ちっ。そろそろ帰らないといけない時間だな……本当にちょっと顔を出すだけの予定だったから、この後に商談が入ってるんだよ。ケーキちゃん、また今度ゆっくり話そうね」
散々暴れた後、クソババアにようやく時間が訪れたようだ。
人間界で最大規模の武器商会を経営しているのだから、もちろん多忙なのである。そのまま俺のために働いておけばいいものを……!
「はい、お母様! また今度、ゆっくりと」
女勇者は最後まで愛想のいい笑顔を浮かべていた。そのおかげでクソババアからの評価は下がらない。普段のうんこみたいな発言を見れば、クソババアだって目を覚ますはずなのだが、彼女は面の皮が厚いのでボロを期待するのは無意味だろう。
「さっさと帰れクソババア」
俺はしっしと手を振って母親に別れを告げた。
自分でも分かるくらいふてくされた態度である。
「はぁ……あんたにあげてたお小遣いは私が働いて稼いだお金だからな? てめぇも労働のたいへんさを知っておけ」
「正論を言うな。反論できないだろ!」
ぐうの音も出ないな。クソババアの言い分は一言一句正しかった。
「悔しかったら見返させてみな。なんなら私が働き先を見つけてあげようか?」
「うるせぇ。クソババアの助けなんか要らない。俺が本気を出したらすごいことになるって思い知らせてやる……」
「そうかい。その意気で頑張りな」
クソババアはそう言って家から出て行った。
「また会いましょう、お母様っ」
女勇者は最後まで淑女を演じて微笑んでいた。
こいつには文句がたくさんある。
クソババアが見えなくなった瞬間に、俺は女勇者に飛びかかった。
「このクソ女ぁあああああ!」
しかしそれを彼女は読んでいたらしい。
「うるさいわよ、童貞!」
俺の両手をガッシリと受け止める女勇者。
反応速度がいつもより速く、加えて力も強くなっている気がした。
「っ!? なんか力が強くなってないか、お前?」
「は? 知らないわよ」
「……なんとなくだけど、お前熱くない? なんか陽炎みたいなのが体から出てるんだけど」
「何よそれ、あたしは炎属性なんか持ってないけど?」
「本当か? なんか、火の粉みたいなのが吐息にちらついてるんだけど……」
イヤな予感がするなぁ……最近、炎属性の魔物や人間と縁があったので、それ関連な気がする。
「あ、分かった! その子供は炎王様の子供だな!? だからお前の体に炎属性の影響が出てるんだ!」
「やめて! 気持ち悪いこと言わないでっ」
女勇者は女にあるまじき顔で嫌悪感を表現する。
よっぽど炎王様が嫌いらしい。
「この子はね、あんたの子供よ。そういうことにしたの」
「なんでだよ!? 俺は本当に何もやってねぇよ……」
「ま、そうでしょうね。あたしも身に覚えがないし、状況的にはあんたが一番疑わしいけど、童貞へたれ野郎に寝こみを襲う勇気なんてないのは分かってるわ」
女勇者は予想外にも俺の言葉を肯定する。
俺のへたれっぷりはある意味で信頼しているようだ。じ、事実なんだけど、釈然としない。
しかしそれが分かっているのなら、
「なんで俺の子供ってことになってるんだ?」
「だから言ったでしょ? あたしが不幸になるならあんたも道連れだって」
最低だ、この女!
つまり、妊娠した理由が自分でもよく分かってないが、とりあえず俺を不幸にしたくて巻き込んだようだ。
「あと、あんたの母親がウェポン商会の会長さんなら、結婚するのも問題ないわ。あたしの将来はこれで安泰だもの」
「嫌だ! お前なんて死んでも嫌だ!」
「ふひひっ。あんたはね、嫌いだけど気持ち悪くはないの。だから許容範囲よ」
「そんな妥協と打算に満ちた結婚は嫌だからな!?」
「この子の名前は何にする? ダーリン(ハート)」
「知るかよ!」
俺は半泣きになりながら、うなだれることしかできなかった。
女勇者のしたたかさには脱帽である――
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