第五十四話 無慈悲な宣告

 さて、クソババアに敗北したわけだが。


「それでも俺は子供なんて作ってない!」


 女勇者が妊娠していることは俺と関係がない。

 これは断言できる。絶対に関係ない! だって、俺はまだ童貞だもの。


「母ちゃん、あんたの息子は子供を認知しないようなクズなのか? 母ちゃんが育てた俺を信じられないのか!?」


 母親への情に訴えかける。

 この人はなんだかんだ俺のことを愛してくれているはず。

 きっと、信じてくれるよな!


「信じられるわけねぇだろ。アホか」


「なんでだよ!? クソババア、頭大丈夫か!?」


 この人は本当に俺の母親か? 子供のことをまったく信じてくれなかった。


「逆に聞くけどよ、母親に向かって『クソババア』なんて言う息子を信じられるか?」


「……ババアって言われるの、もしかして嫌い?」


「まぁな。本当はお姉さまって呼んでほしい」


 いい年して何言ってんだこいつ。


「お姉さま~♪」


「きゃー! この子、本当に可愛いな……正直、あのバカ息子を生んだのは失敗だと思ってたけど、こんなに可愛い嫁さんを連れてきたのなら、後悔しなくて済むね」


 クソババアは女勇者にメロメロだった。


「ケーキちゃん、その子はあたしの孫かい?」


「はい! 絶対にそうです!」


「ほら。バカ息子、嘘つくんじゃねぇよ」


 ダメだ。俺よりも女勇者の方が信頼されている。

 こうなっては、女勇者を放り捨てることができなかった。


 なんとかして彼女の魔の手から逃れたい。どうしよう……ここは一旦、素直に聞き入れたふりをして、後で裏切ろうかな?


 よし、そうしよう。


「分かった。俺も男だ、観念して認める。そいつのお腹の中にいるのは俺の子供だと思う。昨日すっごいエッチなことしたら、一日で妊娠して、見た目で分かるくらいお腹が大きくなったみたいだな」


 一日でこうなるなんて、俺の子種すごすぎだろ。生命力が溢れすぎててびっくり。


「だから今後については彼女としっかり話し合うよ。母ちゃんは心配せずに都会に戻って仕事でも頑張っててくれ」


 と、まぁ、適当なことを言っておいて、クソババアを追い払おうと思ったのだが。


「はぁ……何年、てめぇの母親やってきたと思ってる? 嘘つくな、叩くぞ?」


 ボカン!

 頭を思いっきり叩かれた。嘘が見抜かれていたらしい。


「叩いてから言うなよ!」


「どうしようもないバカ息子が……てめぇも父親になるんだから、しっかりしな」


「そうだそうだー!」


 女勇者がクソババアに便乗してヤジを飛ばしてくる。

 相変らずしたたかである。ここまでクズ野郎だと逆に清々しかった。

 いや、俺も褒められた人間じゃないんだけどさ……まさか俺に並ぶクズが勇者やってるなんて思ってなかったなぁ。


「ぐぬぬ」


 もう、打つ手なし。

 逃れる手段はなく、俺はこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。

 そんな俺を、クソババアはまたしても見抜いていたようだ。


「逃げるか? ま、逃げたいなら逃げればいい……その代わり、お小遣いはもうあげないから、一人で強く生きな」


 ――それは、俺に対する無慈悲な宣告。

 働かずにぬくぬくと生きていきたいと思っていた俺にとって、死活問題であった。


「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよー(泣)」


 俺はクソババアの足にすがりつきながら、泣きべそをかく。


「それだけは嫌だ……それだけは嫌だ! 母ちゃん、どうかお願いします。もっとすねをかじらせてください! もっと養ってください! もっと楽な人生を歩ませてください! どうか、お願いします……なんでもするから!」


 働きたくなんてなかった。

 自分でお金を稼ぐなんて、無理。

 だってこの前、女勇者を追い出すためにゴーレムを倒しに行ったのだが、とてもめんどくさかったのである。


 もしかしたら、魔物の素材を売って金持ちになれるかもしれない。

 でも、それは俺にとっての労働だ。働くと考えただけで血反吐を吐きそうになる。


 俺が頑張るのは、壺のためだけだ。


「そ、そうだ! 足を舐めます! ほら、ペロペロ」


「……なんでそういうところもお父さんに似たのかね。顔も私に似ればよかったのに……性格だけ私に似るって、両親の悪いところを受け継がなくても良かったのに」


 クソババアはため息をつきながら、必死に足を舐める俺の首根っこを掴む。

 それからハッキリとり、こう言った。

 

「ダメだ。もう決めた。あんたも自立しな」


 無慈悲な宣告は、撤回されることなく。


「そんなぁあああああああああああ!! うわーん!!」


 俺は幼い子供のように泣きじゃくることしかできなかった……

 こうして、俺の楽しいニート生活が幕を閉じる――

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